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木瀬に連れられ春蕾が部屋を出ると、水無月の背後では桃碼が腕を組んで睨みつけていた。
その視線を同じくして返し、春蕾は吐き捨てた。
「俺、まじで風俗の女って嫌い」
その後、
木瀬から水無月に引き渡された春蕾は館の前に停めてある車両に乗り込んだ。
水無月に春蕾を拘束する気はなかったが、本人も逃げるつもりは無いのか自ら助手席を選んで座った。
車が動き出してから暫くは真っ直ぐ前を見つめていた春蕾はふと、車が街を出るのではなく港の方へ向かうのに気づき、横目で水無月に尋ねた。
「警察に行くんじゃないんだ?」
「本来ならそうだ。
ただ、どのみちお前が行き着くところは心地いい所ではないからな。
最後に選ばせてやろうかと」
水無月は車のデジタルに目を遣り、
『30分以内に決めろ』と言った。
「黒鱗の奴らに即なぶり殺されるか、刑務所入って死刑を待つってことか」
春蕾は座席のシートを半分ほど倒し、鼻で笑った。
水無月はHotel Shantung Bayを背にした港頭地区、コンテナを降ろすデバンニングエリアに車を停めて言った。
「いや、自ら老板のところに行くなら高い確率で生かされる可能性はある。
このまま俺に連行されればお前の言う通り、死刑は確実だが。
念の為言っとくが、逃げるという選択肢はない。
俺か綾野、どちらかが必ず見つけ出す」
東方の空は早くも白みかけていたが、周囲はまだ薄暗く、前方に立つ波も穏やかで静かだった。
「どっちでも良いかな」
大きくあくびをした後、春蕾は身体の向きを少しだけ運転席側に傾け、水無月の服を引っ張った。
「何だ」
見向きもしない男の袖を更に強く引き、必要もなく声を顰める。
「キスして浩一さん」
今度は水無月が鼻で笑った。
「意味ねぇだろ」
「浩一さんにとってはね。
でも今してして欲しいんだ。
俺には大事なことだから」
「、、、、」
「どうせなら優しいキスがいいな」
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