刑事のルーツ

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「そんなことが半年くらい続いて……秋くらいだったかな。自分、すごく好きなシリーズの漫画があって、その最新刊が発売されたんだ。それまでの巻は買ってなかったんだけど、最新刊は表紙がすごく格好良くて、どうしても欲しいって思ったんだ。誕生日までは買えないってわかってたけど、せめて見るだけでもって思って、毎日のように書店に行っては、ずっとその表紙を眺めてた。  でも……ある日、いつものように書店に行って、表紙を眺めてから帰ろうとしたら、いきなり店員に呼び止められたんだ。『万引きしただろう』って睨まれてね……。  それから事務室みたいなところに連れて行かれて、鞄の中身を全部出せって言われたんだ。でも、その時はまだ平気だった。自分は万引きなんてしてないし、中身を見せればわかってもらえるだろうって思ってたからね。  でも……鞄をひっくり返して驚いた。本当に出てきたんだよ。さっき自分が見てた漫画が……」  あの時の衝撃は、今も忘れることができない――。顔から見る見る血の気が引いていき、嫌な汗がじっとりと背中を濡らす不快な感覚。店員が冷ややかな視線で自分を見下ろし、地獄からの使いを招集するように、傍らの受話器に手を伸ばす。 「すぐに通報されて、近くの警察に連れて行かれたんだ。担当したのは中年の刑事で、端から自分がやったって決めつけてた。母親がシングルマザーだって聞いて、お金がないから盗んだって言うストーリーができあがってたみたいだ。  でも、自分は釈明したんだよ。自分が書店で漫画を眺めてた時、あいつらも書店にいたことを思い出したんだ」 「あいつら?」 「ほら、自分をからかってた奴らだよ。あいつらが自分をはめたんだって、ぴんと来たんだ。  でも、防犯カメラを見ても、あいつらが自分の鞄に漫画を入れたところなんて映ってなかった。だから結局、自分が嘘をついてるって思われたんだ。  あの時は辛かったよ……。本当のことを話してるのに、親がシングルマザーってだけで信じてもらえないんだから……」  灰色の狭い取り調べ室で、強面の刑事と差し向いになり、縮こまる少年時代の自分の姿が瞼の裏に蘇る。話せばわかってもらえると思っていた。自分は何も悪いことはしていないのだから、堂々としていればいいのだと。だが、そんな正義を無邪気に信じていた心はあえなく裏切られてしまった。無理解と不平等に満ちた現実社会の一端を、当時10歳の木場少年は図らずも垣間見ることになったのだ。
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