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午後のひととき
階段を降り、1階の渡り廊下を通り、再び3階分の階段を登って化学実験室へと向かう。南側の校舎は窓から直射日光が差し込み、さっきよりも暑さが増したように感じられる。ようやく化学実験室に着いた頃には木場は汗だくになっていた。
「ふぅ……やっと着いた。結構距離がありましたね」
木場が手で汗を拭いながら言った。シャツの背中がぐっしょりと濡れてしまっている。
「校舎の端から端まで歩いたわけだからな。まぁ、いい運動にはなっただろう」
ガマ警部が平然と言った。木場と同じくシャツに汗を滲ませているが、呼吸は全く乱れていない。さすがは警部、この程度の運動は朝飯前なのだろう。
「化学実験室、か。俺の時代にはこんな教室はなかった。今の高校は設備も充実しているんだな」ガマ警部が教師の表示板を見ながら感慨深そうに言った。
「そうなんですか? 自分の時はどうだったかなぁ……。自分、理科の実験は苦手だったんですよね。いつもビーカーの中身を零しちゃって、よく先生に怒られてました」
「お前は昔から変わらんな……。まぁいい、とにかく入るぞ」
ガマ警部はそう言って引き戸を開けた。途端にむわりとした熱気が顔に吹きつける。
「うわっ、暑い!」
木場が思わず叫んだ。ここに来るまでも十分暑かったが、この教室の熱気はそれ以上だ。
「ここは3階だからな。日当たりもそれだけいいんだろう」
「だからって暑すぎませんか? クーラーなしじゃキツイなぁ……」木場がうんざりしてため息をついた。
「では、扇風機をおつけしましょうか? 少しは暑さが和らぐと思いますよ」
不意に前方から知らない声がしたので木場は飛び上がった。実験室の奥の部屋から、白衣を着た男性がこちらに歩いてくるのが見えた。
年齢は30代半ばくらいだろうか。白衣の下に水色のワイシャツと若草色のネクタイを合わせ、黒いスラックスのズボンを履いている。体格はマッチ棒のように細く、何かにぶつかっただけで折れてしまうのではないかと心配になるほどだ。ワンレングスの短い黒髪にはきちんと櫛が入れられ、白い肌や柔らかな物腰がどこか女性的な印象を与える。物憂げな二重瞼の瞳は何かを夢想しているようで、教壇に立つよりも、揺り椅子に腰かけながら詩を書いている方が似合いそうだ。
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