午後のひととき

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「ええと……あなたは?」 「ああ、失礼いたしました。私、児島さんの担任をしておりました、野中誠(のなかまこと)と申します」野中が穏やかに挨拶をした。 「あ、どうも……。自分は警視庁捜査一課の木場と言います。こちらは上司の蒲田警部です」  初めて出会った常識的な人間を前に、木場がかえって面食らいながら挨拶を返した。 「木場刑事に、蒲田警部ですね。このたびは私の管理不行き届きで大変な事態を招いてしまい……本当に申し訳ございません」  野中が沈痛な表情を浮かべて深々と頭を下げた。鍵の紛失の件を言っているのだろう。 「いや、でも紛失届はその日に提出されていたわけですし……先生のせいじゃありませんよ」 「おい木場、安易に擁護するんじゃない。この教師の管理意識の甘さが被害者の死を招いたのは事実なんだからな」ガマ警部が厳しい口調で言った。 「それはそうですけど……」 「いいんです。僕が児島さんを死なせてしまったことは事実ですから……」  野中がゆるゆると頭を振った。被害者の死に相当な責任を感じているようだ。 「あんたは確か、この部屋の捜査に立ち会っていたということだったな。捜査員はどこに?」ガマ警部が尋ねた。 「先ほど帰られました。この部屋での捜査は完了したようですので」 「ふん、では俺達が調べても問題はないということだな」 「ええ……。あぁ、でもその前に、お茶を1杯いかがですか?」 「何?」 「僕は紅茶にこだわりを持っていましてね。ここに来てくださった全員にご馳走することにしているんです。先ほどの捜査員の方々にも評判だったんですよ」野中が凪いだ海のような微笑みを浮かべた。 「いや、別に俺達は……」 「あの、化学の先生の入れる紅茶ってことは、やっぱりビーカーで沸かすんですか!?」木場が興奮気味に叫んだ。 「いいえ、ごく普通に、ポットで沸かしたお湯を使っています。この部屋の奥にちょっとした執務室がありましてね。そこに細々としたものが置いてあるんですよ」野中が実験室の奥にある部屋を指差しながら言った。 「なんだ、漫画でよく見かけるから、ちょっと期待しちゃいました」木場ががっかりして頭を垂れた。 「おい木場、俺達の目的を忘れてないか? 俺達は何も紅茶を飲みに来たわけじゃ……」 「わかってますよ。紅茶を飲みながら野中先生の話を聞いて、それから実験室の捜査をしましょう!」  木場は1人で頷いている。野中はと言えば、紅茶の準備をするために早くも執務室に引っ込んでしまった。  ガマ警部は疲れた顔でため息をついた。ようやくまともな人間に出会えたと思ったが、結局こいつも変わり者だったようだ。
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