日常に忍び寄る影

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 木場隆(きばたかし)。28歳。警察官になって6年目、捜査一課に配属されて間もなく4か月になる刑事だ。  身長160センチと男性にしては小柄で、おまけに童顔、ミーハーな性格と、およそ刑事らしからぬ素質を兼ね揃えている。被疑者に舐められることは日常茶飯事で、木場自身、強面の被疑者の前に出るとたちまち委縮してしまっていた。逆にしおらしい女性にはめっぽう弱く、すぐに相手を信じ込んでは容疑者から除外してしまうという困った一面を持っている。  署内で彼を知る人は、何故あんな奴が一課に配属になったのだろうと訝った。あいつを部下に持った人間はさぞ大変だろう。いったい誰がその貧乏くじを引くことになるのかと誰もが憶測を巡らせた。  その貧乏くじを引かされたのが、先ほどの強面の刑事、蒲田次郎(がまたじろう)。通称ガマ警部だ。今年で53歳になる勤続30年のベテランで、同期が順調に昇進を重ねる中、未だに第一線での捜査にこだわる見た目通りの鬼刑事だ。彼の取り調べを受けた者は、一人残らず泣きながら自白したという伝説がまことしやかに囁かれているが、その真偽を調べようとする勇気のある者は一人もいなかった。  これまでにも部下を持ったことはあったが、その半数以上が3か月を待たずに異動願い、あるいは辞表を出していた。いるだけで威圧感を与える風体のためか、歯に衣着せぬ物言いのためか。いずれにしても、何人もの部下が来ては去るということを繰り返しているうちに、ガマ警部はいつしか「歩く追い出し部屋」と呼ばれるようになっていた。  木場がガマ警部の部下になるという人事が公表されたとき、それは天の采配のように思えた。  見た目と性格のいずれの点からしても、木場が刑事に向いていないのは明らかだ。人事もそれをわかっていて、敢えてガマ警部の下に彼をやることにしたのだろう。ガマ警部の叱責を毎日受け続けていれば、木場もそのうち自信をなくして辞表を出すに違いない。誰もがそう思っていた。  だが、このいびつなコンビは意外にも機能していた。4月と5月に起こった2つの殺人事件で2人は捜査に当たり、木場がそれらを解決してみせたのだ。  いずれも最初からスムーズにいったわけではなかった。木場は捜査方針を無視して一人で突っ走り、ガマ警部は木場の言動のいちいちに頭を悩ませていた。だが、それでも最終的に事件が解決を見せたのは、他ならぬガマ警部の協力があったからだった。  ガマ警部自身、刑事としての木場の適性には半信半疑だったが、それでも2件目の事件を解決したときには、型にはまらない刑事だからこそ見えるものがあるのかもしれないと考えを改めもした。だからといって、木場の評価が急上昇したわけではなかったが。
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