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ここは、夜の山田家の物置。
山田家の住人が寝静まり、殺虫剤のバースデー(製造年月日)記念イベントが行われることとなった。
「3ラウンド勝負、どちらかがギブアップするまで行う。禁止技なし。何をやってもOKだ。いいな?」
レフェリーの布団叩きがルールの説明を行う。
「わかったよ。さっさと始めようぜ」
目が血走っているハエ叩きが言った。
「3ラウンドも必要ねえよ。30秒でケリをつけてやる。ハンデをやってもいいくらいだ」
殺虫剤がハエ叩きを嘲笑う。
「両者、落ち着いて」
布団叩きが注意を促した。
そして、ついに山田家のリビングの時計の針が0時を指し、ボーンボーンと音がなった。
「ファイッ!」
布団叩きが試合開始の合図を出した。
まず、ハエ叩きが体当たりしようとしたが、殺虫剤が華麗にかわした。
「くそっ」
ハエ叩きはもう一回体当たりをするが、またしても殺虫剤が軽々とよけた。
「じゃあ、こっちも、いくぜ!」
殺虫剤はスプレーを噴射した。
「視界がー、視界がー」
視界を塞がれ、ハエ叩きの動きが止まる。
スプレーで物置の中が真っ白になり、殺虫剤は、うずくまるハエ叩きに向かって突進した。
が、そこで殺虫剤が突然、苦しみだした。
「……? うがあああ!」
物置の白さが徐々に薄くなり、目の前が見えるようになったハエ叩きが二ヤッと笑う。
「禁止技なし。何をやってもOKのルールだよなー。レフェリー」
ハエ叩きが確認する。
「あ、ああ。そうだ」
布団叩きが、殺虫剤の噴射口を凝視しながら頷いた。
「俺が、それを持っていることを忘れてたのか?」
ハエ叩きがニヤっと笑った。
目の前の光景に、近くで戦いを見守っていたホースが、驚きのあまり、泡を吹いて倒れた。
「持ち手の部分のピンセットみたいなやつが、殺虫剤の噴射口に、ねじ込まれてるー!」
と急に、観客のガムテープが叫んだ。
「俺からの誕生日プレゼントだ。ハッピーバースデー!」
とハエ叩きがキリッとした顔で言った。
持ち手の部分のピンセットみたいなやつが殺虫剤の噴射口の奥に、奥に、どんどんねじ込まれていく。
「その勢いでねじ込ませたら、破裂しちまうぞ!」
ガムテープが、またしても叫ぶ。
「うがあああ! うがあああ!」
パァーン!
大きな爆発音が物置に響いた。
「勝者、ハエ叩き!」
布団叩きが判定を下した。
「よっしゃー!」
ハエ叩きが雄叫びを上げる。
その後、ハエ叩きのインタビューが行われる中、トイレに行くために起きた世帯主の山田一郎が、「うわっ、ハエ飛んでるよ」と叫んで、物置の戸を開けると、ハエ叩きがつかまれて引っ張り出された。
直後に、パチーン、バキッと大きな音がした。
世帯主の山田一郎の「くそっ、これ捨てるの面倒だな」と残念そうに言う声が聞こえた。
殺虫剤のバースデー(製造年月日)記念イベントは、変な空気が漂う中、フェードアウトして終わった。
(了)
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