神殺しの鬼

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「うおぉぉぉぉぉ!!!」 俺は叫び、打ち下ろし気味の右ストレートを貞夫の頬に突き刺した。 やつは体勢を崩し、膝を突いた。 下がった顔に向かって、俺は回し蹴りをする。 貞夫は地面に倒れる。 「死ねクソ野郎!!」 俺はマウントを取り、力任せに貞夫の顔を殴りつけた。 貞夫の目はまだ死んでいない。 突出した膂力で俺の体を引きはがし、逆にマウントを取る。 「来いこの野郎!殺してみやがれ!!」 俺は寝た状態からパンチを繰り出した。 手打ちながらもパンチは着実にクリーンヒットしている。 だが馬乗りになっているほうが有利なのは当然だ。 貞夫は俺の顔面に拳を降らせてきた。 首を捻ってパンチを避ける。 だがこのままではジリ貧だ。 この状況をどうしようかと考えていると、貞夫の体が横に弾けた。 藤本さんのフロントキックがやつの顔に直撃したのだ。 「俺が相手になってやる!来いデカブツ!!」 貞夫は藤本さんに大きく振りかぶって殴りかかった。 あの軌道は直撃する。 「藤本さん避けろ!!」 藤本さんは小さく息を吐いた。 自分に襲い掛かってくる腕に両腕を絡ませて、背中を貞夫の腹に預けた。 「むんっ!!」 気合を入れた掛け声と共に、藤本さんはやつを投げ飛ばした。 見事な一本背負いだった。 背中から叩きつけられた貞夫に、素早く近づいたのは村長だった。 額に手を当てて、何やらぶつぶつと言っているようだった。 「戻ってこい!貞夫!」 そのひと声で、貞夫は体を勢いよく起こした。 そしてキョロキョロとあたりを見回す。 「貞夫……」 貞夫は自分の父親の顔を確認して、あわあわと取り乱す。 だがすぐ気持ちを切り替えたのか、ポケットから拳銃を取り出した。 父親は狙わず、藤本さんに照準を合わせる。 俺はその手を蹴り上げた。 拳銃は遠くに飛んでいく。 「立てよ貞夫、KOにはまだ早ぇだろ」 貞夫はゆっくりと立ち上がった。 俺は両足を地面にしっかりと付けて、ファイティングポーズをとった。 貞夫は荒い息を吐き出しながら、俺にゆっくりと近づいてくる。 「殺してみろよ」 俺は手始めにジャブを当てた。 貞夫はぶんぶんと腕力にものを言わせて腕を振り回している。 その攻撃を全て避けた俺はストマックブローを決めてやった。 やつの動きが鈍くなる。 がむしゃらに出してきた右が俺を襲う。 スリッピングアウェーで頬をかすませて躱し、腰を下げてボディの左右を殴った。 すぐに足腰を伸ばし、アッパーで顎をかち割る。 そして打ち下ろしの左でもう1度顎を砕いてやった。 貞夫のパンチが飛んでくる。 パーリングで打ち落とし、頬をフックで殴る。 「うぐっ!」 腹にパンチが突き刺さっていた。 俺は唾液を吐き出し、笑った。 「へへへ……ヘビーでいいとこまで行けるぜお前……内臓が潰されそうだよ、ああ?おい……へへへへへ」 気分が高揚していく。 こんなに楽しいのは初めてだ。 なんでだろうなぁ。 貞夫は悲痛な表情だ。 顔と首から流れる血が痛々しい。 もう終わりにしてやるよ。 ショートアッパーでまた顎を攻撃した。 ジャブとストレートのワンツーで追撃する。 貞夫の体力は限界のようだった。 ふらふらと後退して、目の焦点もあっていない。 俺は何が正しいかとか、何が悪いかとか分からない。 お前は敵だよ、でも今までずっと頑張ってきたんだよな。 「う……うわぁぁああ!!」 駄々をこねる子供のように叫んだ貞夫は大振りの右で俺を殴ろうとした。 俺はパンチを搔い潜り、体重を乗せたストレートを放った。 俺の拳は貞夫の顔を貫く。 彼は膝をついて、地面に倒れた。 タイミングばっちりのカウンター……。 もう立てないだろう。 俺は貞夫が持っていた拳銃を拾い上げて、貞夫のもとに戻った。 銃口を貞夫の頭に向ける。 「み……みち……みちこ……ころすな」 「悪いな貞夫、俺はあいつを殺さなきゃならねぇ……ごめんな……」 「あいつ……わるくない」 「知ってるさ、お前の妹はいい女だよ。ただおかしくなっただけだ、俺もみんなもお前も……じゃあな」 俺は引き金を引いた。 貞夫の額から血が吹きだす。 彼は天国に行ったのだろうか……。
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