神殺しの鬼

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「改めて言わせて、ありがとうマサくん……そんなにボロボロになってまで私を助けてくれて」 「別に……大したことじゃない」 俺はこめかみを掻いた。 照れている俺は見透かされているらしい。 彼女はクスクスと笑っていた。 「本当にいい男……」 「なんだよ……惚れたのか?」 「とうの昔に惚れてるよ」 夢花は俺の唇を撫でた。 なんだか恥ずかしいな……。 「ふっ……ありがとな」 「いいよ、じゃあ……行こうか」 俺たちは手を繋いだままみんなのもとに戻った。 「おう、終わったか?」 「ああ、全部終わった」 「怪我はない?毒島くん」 「耳が欠けたくらいだよ。かすり傷だ」 「……少年」 村長が俺に煙草を差し出した。 俺は受け取って咥える。 村長のマッチで火をつけられた煙草の煙を思い切り吸う。 人生最後の煙草かもな、禁煙するって約束したから。 「美味いなぁ……」 白い煙が空に昇る。 そのお返しの雪が俺の頭に積もる。 ここは寒いな……。 「感謝するぞ、少年」 「そうかい……悪いな」 「いいんだ、俺が頼んだことだからな」 「遺体は全部燃えちまった……神様が持っていっちまったよ」 「ああ……だが仕方ない。あの子が選んだ道だ」 「無理しなくていいんだぜ?」 「……悲しいよ。親より子供たちのほうが先に逝くなど」 俺は村長の肩を叩いた。 全てが終わっても、みんな失ったものがある。 「……ではお前らを送っていくよ。もう帰るんだろ?」 「いや、もう少しいるよ。色々後始末があるだろ?」 「そこまでしなくていい。お前らには元々関係ない村だ」 「もう関係ないなんて言えないよ、世話になったからな。それにこのままさよならなんて寂しいだろ?いいよな夢花」 「うん、みんなで一緒にやろうよ」 藤本さんが拳銃の弾を抜きながら鼻で笑った。 後頭部を搔きながらため息を吐く。 「まあ……俺は暇だしな。付き合うよ」 「僕もやるよ、もう少し心の準備をしたいし」 「ありがとうな……」 村長は煙草に火をつけて、ひと筋の涙を流す。 「あれ?」 俺の足がふらつく。 そしてストンと尻が地面に落ちてしまった。 「おお?なんだ?」 「緊張が解けたんだろう、当たり前だな」 「少し休憩して、マサくん」 「ああ……休ませてもらうよ」 俺はあぐらをかいたままぼんやりと空を見上げた。 夢花は俺に寄り添ってくれた。 「温かいね」 「そうだな」 「約束、覚えてくれてる?」 「覚えてるよ」 「私欲張りな女だよね、約束ばかりしてもらってる」 「欲張りくらいが男は嬉しいもんだよ」 「格好つけちゃって」 「ふふ……なあ夢花」 「なに?」 俺は短くなった煙草を地面に押し付けた。 もう怖いものなんてない。 見える先が希望だけだ。 夢だって叶った。 「沖縄、行かねぇか?」 「いいよ、ふふ……」 暑い太陽が目に浮かんだ。 別に場所なんてどうでもいい。 彼女と一緒ならどこでもいいんだ。 やるべきことはまだたくさんある。 捨てる人生なんてありはしない。 夢花が俺の顔をそっと撫でてくれた。 火傷跡を触り、顔を肩に擦りつける。 「これ……返すよ」 「ん?」 夢花はポケットから2つの結婚指輪を俺の手のひらに包ませる。 「これは……取り返してくれたのか?」 「ううん、巫女様から渡された。マサくんを忘れないようにって」 「そう……なのか」 「大事なものなんでしょ?あなたに返す」 「ありがとな、嬉しいよ」 俺はチェーンから指輪を外し、左手の薬指に通した。 もう1つの指輪は、大切な人に渡そうと思う。 「……いいの?」 「貰ってくれないか?」 「プロポーズ?」 「そうとってもらっても構わないけど、まあ……感謝の気持ちだ」 「そっか、じゃあ私も感謝の気持ちを込めて受け取ってあげる」 「ははは、可愛くない女だな」 「ふふ、心の狭い男だね」 俺たちは肩を寄せ合って、いつまでもいつまでも……。 笑いながら黒く激しく燃える炎を見つめていた。
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