シュトーレンは、もうない

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 年に一度、夫の好きなシュトーレンを焼く。洋酒漬けされたドライフルーツとナッツをたっぷりと混ぜ込んでホームベーカリーにセットした。五年ほど前に知人の家で食べて美味しかったからと、毎年私に作るように言った。シュトーレンは元々クリスマスを待つ四週間のアドベントの期間に、少しずつ切り分けて食べるドイツの伝統菓子だそうだ。日本でも洋菓子屋やパン屋などで見かけるようになり、手に入りやすくなった。手作りにこそ愛情が込められていると信じて疑わない夫は、店で買うことを禁じた。 「ほら、今年も焼き上がったわよ。食べてみる?」 「そんな甘ったるいものまだ作っているのか」  一瞬聞き間違えたのかと夫の顔を見ると、すっかり冷め切った目をしていた。 「……あなたの大好物じゃない。もしかして、ダイエット?」 「お前がいびきかいて寝ている間に走ってるんだ」  確かに夫は、以前より身体が引き締まって見えた。 「お前こそ、自分の体型を見ても何にも感じないのか」  醜いものを見るような目だ。 「あなたが、痩せてるのは貧乏臭くてみっともないって」 「俺は健康的に見えるようにと言ったんだ」
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