シュトーレンは、もうない

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 標準的な体重の私にふくよかな方が好みだと言って食べることを執拗にすすめたのは夫だった。 「ねえ、でもこのシュトーレンは甘さ控えめだし、一緒に食べるのを楽しみにしてたのよ」  それに、気難しい夫との大事な繋がりのように思っていた。 「いい歳してやめてくれ。お前も暇でそんなもの作ってるなら、パートでもしてみたらどうだ」  この時、夫の認知症を疑ったのは無理もないと思う。でも、それは大きな勘違いだとすぐに分かった。数日後、必要な書類を会社まで届けろと言われた時、夫が冷たくなった原因が分かってしまった。 「そこの喫茶店に来いと言っただろ」  会社の受付で待っていると、夫が眉間に皺を寄せながら早足で近寄ってきた。  「ごめんなさい。喫茶店が混んで……」   夫は私の言い訳を最後まで聞かずに書類を引ったくった。 「このあと、すぐ会議だから。小暮さん、心配かけてごめんね」  少し離れた所で小柄で細身の女性がペコリと頭を下げた。 「彼女は部下だ」  ほんの少し言い訳めいていた。 「間に合って良かったわ。じゃあ、帰るわね」 「ああ。久々に市内に出てきたんだ。何か食って帰れよ」
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