シュトーレンは、もうない

3/17
前へ
/17ページ
次へ
 夫は小暮という女性と連れ立ってエレベーターに乗る瞬間、腰のあたりに手を回した様に見えた。その一瞬で夫が小暮と親密な関係だと分かった。 「ランチ一緒に食べよう、とか言わないのね」  恨言を思わず口にして、受付の女性が気まずそうに微笑んだ。  夫が私を愛していたから、仕事も辞め自分の趣味すら捨てた。それは、私も夫を愛していたから夫の望むように自分の心も身体までも変えてきた。  ショーウィンドウに映る四十歳の私は、年齢より老けて見えた。趣味もなく、仕事もしておらず、潔癖症の夫の為に家事に明け暮れる毎日に、疑問を持たないように生きてきた。夫は私を捨てようとしている。 「……そんな裏切りってある?」    小暮と会う日は曜日で決めているわけではないようで、行動パターンが読めなかった。それでも、仕事で遅い日のいくつかは小暮と会っているはずだ。注意深く夫を見ていたら、ブルー系のネクタイしか持っていなかったのに、度々グリーンのネクタイをしていることに気づいた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加