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13節 この惑星はすべてを知っている
「なんか、ちょっと悪いことしちゃったかも。誰だって知られたくない過去くらいあるよね」
ルーチェが自身の過去を語り、それからトレーニングをすると言って去った後。アルカは真意の読めない面持ちで呟いた。ヴァイスハイトは首を傾げる。
「ですが、語ったのは彼女自身です。本当に言いたくないことは隠していると考えるのが自然では?」
「それはそうなんだけど…………でも────まあいいや、ヴァイスハイトに言ってもしょうがないし〜」
「ちょっと、どういう意味ですか、それ!」
不服を申し立てるヴァイスハイトを横目に見ながら、アルカはラビの横に寝転がった。微かに埃臭いシーツに顔を埋める。
「私たちも隠し事、してるんだもんね」
『…………そうだ』
細められたアルカの瞳は、硝子玉のように煌めいていた。
近頃は栄養環境が改善され、少女らしい柔らかさの出てきた頬がほんのりと火照っている。
「少しだけ、苦しいな」
『体調が悪い?』
「ううん、そういうことじゃなくて。…………私も、寝ようかな」
『…………………………』
もそもそと起き上がったラビは手櫛で自分の髪を整えると縛り直す。毛布を置いて、代わりに旗を持って扉へと向かった。入れ替わりにアルカが毛布を被る。その顔は僅かに寂しそうだった。
『出かけてくる』
一人でいい、と付け加え、ラビは部屋を出ていった。
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闘技場の近くには、選手用のトレーニング施設がある。そこへ訪れたラビは、きょろきょろと視線を動かして目当ての人物を探した。
目的である黄金の手足はすぐに見つかった。
ルーチェは汗を拭きながら、瓶入りの水を乱暴に飲んでいる。彼女は鈴の音に振り返った。
「よう、ラビ」
『先程振りになる』
彼女に顎で促され、ラビは壁際の椅子に腰掛けた。古びた脚が軋んで鳴く。それから隣にルーチェも腰を下ろした。
『モン太は?』
「買い出しだ。しばらく帰ってこねえ」
遠くで他の選手たちが思い思いに練習やトレーニングをこなしている。よくよく見れば、初めて観戦した試合に出ていたヴェスパーや、以前対戦した灰色のグリージョの姿もある。
それらを楽しげに眺めたあと、ラビはタブレットを差し出した。
『あなたに話さなければならないことがある』
「何だよ、急に改まって」
砕けた様子でルーチェは笑ったが、慎重に次の言葉を待っているようだった。信頼に足る人物だ、と改めて思い、ラビは告げた。
『私たちの目的についてだ』
「………………ああ、それか」
ルーチェの手に握られた瓶はすっかり空だった。足元に置かれた木箱から、もう一本取り出す。ラビはそれをじっと見ていた。
『私たちは、いや、私は、フォルティアと会わなければならない』
「知ってるよ、それで闘技出てんだろ」
『そうだが、違う。私の最終的な目的は天使を滅ぼすことだ』
その言葉に、ルーチェは僅かに眉を上げた。
ラビは続ける。
『私は既に、光明諸島と修整都市の王を打倒した。故にあなたも知っているだろうが、天使を殺した場合、その天使が管理していた土地は加護を失い居住に適さなくなる。────結果、あなたたちの命を危険に晒すかも知れない』
反対側で選手たちの歓声が上がる。どうやら大量の差し入れが届いたらしい。
「────それをオレに言って、どうする?」
『どうもしない。ただ、協力を受ける以上、説明しなければならないと私は判断した。それだけのことだ。同様に、アルカたちも悪意があって黙っていた訳ではない。それは分かってほしい』
「は、あんなお気楽ポンコツ共を疑うかよ」
『感謝する』
ラビは少し口を動かしたが、当然言葉にはならなかった。
『あなたがこれを聞いて、協力を取りやめるとしても私は止めない。だが、その時はアルカたちに理由を言わないでほしい』
「あ? 何でだよ」
『私は、出来るだけ彼らに精神的負荷を掛けたくない。己が為そうとしていることが、他にとってどう映るかについて知ってほしくない』
「…………目ぇ瞑ってられるもんでもねえと思うけどな。まあ良いぜ、特にその予定はねえし」
ルーチェは足を組み直し、何か考えているようだった。ラビは目を丸くしている。
『良いのか』
「そりゃ、オレたちは『武勇の理』の住人だぜ? そんなドでかい話をされて、応援しない訳がねえ。アツい話は大好きだ。ここの奴ら誰に聞いたって同じことを言うぜ」
『──────そうか』
彼女の笑顔に、ラビはそれ以上何も答えられないでいた。複雑な演算が止まらない。理解するには解析が必要だった。初めて、人間のことを恐ろしいとさえ思った。だが、美しかった。
『…………重ねて、感謝する。私が声帯機能を保持していないことが残念だ』
「大したことじゃねえ。ま、何もかもこれからだ。まずは勝たねえとだしな」
『:-)』
ラビは少しだけ表情を和らげ、それからルーチェと共にトレーニングに勤しんだ。
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罪悪感。
きっと誰にも言ったことがないだろう秘密を、勝手に覗き見しているという罪悪感。
この惑星はすべてを知っている。
不敬な墓荒らしのようだ。
不快な追求者のようだ。
何より一番嫌なのは、その感情に染まってしまうこと。
誰かへの憎しみ。誰かへの愛。真っ直ぐでも、歪んでいても。私はそれに同期してしまう。
この惑星はすべてを知っている。
だからこそ、私は。
あの人が少しだけ、怖い。
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