14節 月桂杯①

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14節 月桂杯①

 歓声が聞こえる。  新たなる英雄の誕生を待つ、証人たちの声だ。  ここに始まるは三冠戦線(オルトドクスム)二戦目。  ──────月桂杯。  人生にたった一度しか挑戦の機会を得られない、最も栄光ある戦い。  今日、その冠を掴む者の名は。 ────────────────────── 「薔薇の王者、金色の光、ルーチェ・ドーロ!! ここまで八戦六勝二位二回、本日は大差をつけての一番人気です!」  実況の上擦ったような紹介が、そのまま周囲の興奮を示している。  アルカとラビ、ヴァイスハイトは観客席の中を進みながら、眼下の闘技場を見つめていた。 「ルーチェは楽勝だって言ってたけど…………大丈夫かなあ」 「彼女のことです、油断はしていないでしょう」 「ここで勝てば、ラビが戦うより早く目的を達成出来る道に一歩近づくってことだよね!」  上手く三人が入れそうな空きを見つけ、並んで座る。遠巻きながらルーチェに手を振ると、小さく手首のスナップだけが返ってくる。  高らかな実況が更に重ねた。 「そして対する二番人気! 若教皇(・・・)シックザール(・・・・・・)猊下推薦(・・・・)、重撃乙女、ラヴィーネ・フェルゼン!! 去年のデビュー戦線を荒らし回った才媛は薔薇杯こそ出られませんでしたが、ここで王座奪還なるか!?」 「は、────はあああ!?!?」  ルーチェの後に続いて出てきたのは、白い髪に赤い瞳の少女。重厚に握られた戦棍(メイス)が鈍く光る。  彼女こそ、シックザールの侍従であるラヴィーネその人である。  全てを瞬時に理解したアルカは思わず柵から身を乗り出し、喉奥をさらけ出して叫ぶ。 「あ!! の!! や!! ろ〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」  叫ぶアルカの向こう側、高級招待席の最前列でシックザールは心底楽しげに笑う。 「だっ……はははははあ!! ……ゲホッゴホ……あークソ、吠え面かいてるところを直に見れないのは失敗だったな」  ぎょっとした顔で見つめる他の来賓を気にもせず、贅沢に脚を組み、肘を突いた手首の向こうから彼は言う。 「協力はしてやった」 「だから妨害しても良いって訳じゃないんですけど!」  アルカが拳を握り締める。  シックザールは舌を出す。 「これは妨害ではありえない。たまたま去年から出場してるだけだ、正規の手順でな」 「そっか……あいつ、私たちが直接会いに行かなかったらここで潰すつもりだったんだ!」 「うーん、なんて偶然だ!」 「計算ずくってこと…………!?」  当然、声援に掻き消され、お互いの声は聞こえていない。それでも、まるですぐ目の前で言い争うかのように、二人は語り合っている。  選手が揃い、観客が静まり返る。 「────読んでたんだ(・・・・・・)、全部!」  アルカは頭を抱えた。 「いつから……いや、最初から……! 自分が星の神子じゃなくなった時から、こうなることまで予見してたんだ…………!」  それはあまりにも超常的な結論。しかし、偶然で片付けてはいけないと本能が叫んでいる。  ルーチェはシックザールとのやり取りを知らない。ラヴィーネのことも単なる挑戦者の一人としか捉えていない筈だ。  逆に、ラヴィーネはルーチェの攻略しか考えていないだろう。この認識の齟齬は極めて致命的な弱点となり得た。  しかし、もはやそれらを伝える術はなく、アルカたちはただ唾を呑んで行方を見守ることしか出来ない。  シックザールは指を鳴らす。  それこそが開戦の合図だ。 「さあ、第二ラウンドだ。世界を滅ぼしたきゃ、この程度は乗り越えてもらわないとな?」 ──────────────────────  衝撃の三分間。  それはこの月桂杯において最も良く使われる代名詞である。  その世代のトップクラスであると認められた十八人の内、半分以上は僅か三分間で敗退する。  本当の頂点には、影にさえ追いつけない。  その事実に心を壊され、実力は確かでありながら二度と闘技場に立てなくなる選手も少なくない。 ────トップ層に言わせれば、その時点でその者の価値はゼロに等しくなるのだが。  何にせよ、今ここで行われている『虐殺』は、それを如実に表していた。  黄金の踵に顎を抜かれ、そのまま場外に落ちていく者。戦棍の一撃で足を砕かれ、意識がありながら立ち上がれなくなる者。  着実に、軽々と。不要な要素を間引きながら、ルーチェとラヴィーネはしっかりと互いを視認している。  二人は未だ対戦したことがない。  つまり、まだ格付けが済んでいないのである。  人気こそ既に一冠を得たルーチェが上回っているが、勝率はラヴィーネのほうが高い。  少しずつ、少しずつ。その決着をつけるに足る劇場が造り上げられていく。  星の運命を導く戦いが始まるまで、残り三十秒を切っていた。
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