15節 月桂杯②

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15節 月桂杯②

 試合開始から四分三十二秒。  壇上の戦士は二人を残して全滅した。  残っているのは当然ながらルーチェとラヴィーネである。  龍虎相搏(りゅうこそうはく)す。  そんな言葉では到底足りぬほどの接戦が展開されていた。  片方が大きく振りかぶれば、もう片方はそれを重く打ち払い、片方が足払いを掛ければ、もう片方は軽々と飛び退いて避ける。  付かず離れず、虎視眈々と互いの首を狙う。  拳を構えながらルーチェが叫ぶ。 「テメエの面は知ってんぞ、何考えてんだ教皇とやらは!」 「シックザール様のお考えが下賤な輩に分かる訳がないじゃない!」  負けじと言い返したラヴィーネは、戦棍(メイス)を振り下ろして敵を拒絶する。  ルーチェは回し蹴りを放つとラヴィーネを睨んだ。 「所詮(しょせん)テメエは教皇の使いっ走りってことじゃねえか。戦う理由が自分にない奴は、この研鑽階層じゃあ生きていけねえんだよ!」 「戦う理由? そんなの簡単! 私は勝って、シックザール様のお役に立つ! そうすれば、私は愛してもらえるの!」  ラヴィーネの絶叫は歓声に呑み込まれてルーチェ以外には届かない。肩で息を吐きながら互いに間合いを測る。 「どうせ貴女には分からない! 神々しい瞳に(なぶ)られて、あの指で、あの脚で、私の身体を思うままにしていただく歓びは!」 「そーいう関係かよ気色悪ぃな!! さっさと死ね!」 「死ぬのはそっち!!」  言葉と拳と鉄塊の応酬が過熱していく。 『両選手、何か言い争っている様子! 白熱した近接戦が続きます!』  実況の声に遮られながら、ラヴィーネは更にまくしたてる。 「大体、この研鑽階層こそおかしいんじゃない!?」 「あぁ!?」 「何が勝利よ、何が価値よ! 争うしか能のない馬鹿ばっかり!」 「テメエ、オレたちの理を………………っ!」  逆鱗に触れられ、ルーチェが胸倉を掴もうと腕を伸ばす。余りにも荒々しい、隙だらけの行動。 「ルーチェ!」  アルカの叫び虚しく、その隙をついてラヴィーネが戦棍を振り回す。シックザールから聞いていた通りだった。ルーチェは誇り高いが、そのプライドこそが弱点たり得る。 「これで、終わりっ!」  黄金の手首が砕かれる。破片が飛び散り、流れ星のように地に落ちて行く。 「……………………っ!」  ルーチェは前方へ態勢を崩す。当然だ、軸もブレていたところを突かれたのだから。  しかし、薔薇杯の王者はこれで終わらない。  否、終わることなど許されない。  英雄は、逆境を乗り越えてこそ、英雄だ。 「────終わんのはテメエだボケカス!!」  渾身の体当たり。  着地も何も考えたものではない、義足さえも破壊するほどの衝撃。無理に力を込められた足首のジョイントが火花を散らす。 「行け、ルーチェ………………!」  自分の造った義足を信じているからこそ、モン太は全力で応援する。 「やっちゃえ、ルーチェ!!」  ラビとやり合える彼女を知っているからこそ、アルカは全力で応援する。 『勝て、ルーチェ』  天使以外で、初めて出会った強敵だからこそ、ラビは全力で応援する。  たとえ耳に聞こえなくても、その声は心に届いている。  ラヴィーネに組みかかったルーチェは気合いを入れるかのように叫ぶ。 「オレん名前はァ!! ルーチェエ!! ドーロォオ!!」 「こんなっ…………程度で…………!」  彼女こそ、この地底に輝くヒトの星。 「英雄の、子どもなんだよ─────────!」
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