エピローグ

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エピローグ

 木の根が道を阻むように突き出している。まるで逃がさないとでもいうようなその場所を駆け抜ける一つの人影。その影を追うように、大きな影が素早く通り去っていく。 「くぅ……ッ」  歯を食いしばりながら走る史郎は、息を切らしながらも懸命に走り続けた。後ろから迫ってくる影との距離がどんどん近くなっていく。ただ走るだけでも疲れるのに、木の根っこを避けなければいけないために余計体力が削られていく。  ついに根っこに足を取られ倒れこんだ史郎。その後ろから、影が大きな口をあけながら迫ってきた。 「ニ十分四十三秒」  その声と共に、大きな影が勢いよく吹き飛んでいく。  思わず閉じていた目を開ければ、そこには目に鮮やかな赤色が見えた。その赤色が重力に従って落ちた時、軍服の服を身にまとった男が立っていた。 「まこ……誠さん!」  立ち上がった史郎は誠のマフラーを掴んで激しく揺さぶった。 「俺! 俺! もう無理って合図出しましたよね!? 無理って! 五分前に!」 「でも走ってた」 「助けてくれないからでしょ! 何のための合図なんですか!」 「記録更新してる」 「やったー! それは良かった!」  汗だくで荒い息をしていた史郎は空に向かって両手を突き上げた。そんな史郎を冷たい目で見ていた誠の肩を、史郎は強く掴んだ。 「ちがうんです。そうじゃないんです。やっぱりおかしいと思う」  真剣な顔で誠を見るも、誠は興味なさそうな表情で史郎を見つめ返す。 「本物のアヤカシを使って訓練は良くないです」 「強くなりたいんじゃないの」 「そうですけど!」 「なら実践あるのみ」  誠の声が合図かのように、遠くから何かが走ってくる音が聞こえてくる。  史郎と誠が構えた先にいたのは、先ほど誠が吹きとばしたアヤカシだった。  二人に向かってくるアヤカシに対し、誠は微かに首元のマフラーを下げた。そこから飛び出た子猫が、アヤカシに向かって飛びつく。  噛みつかれて一瞬隙が出来たそのアヤカシを、誠は遠慮なく斬り伏せた。  灰のようになってさらさらと風に飛ばされていく光景を見た誠は、汚れを取るように刀を払い、鞘に戻していく。 「今回のアヤカシはタヌキ。女に化けては人を誑かして食い物にする。理由はお腹が空いたから。改善の余地はなし。以上」  それだけを伝えた誠は、木の枝で遊んでいた子猫の元に歩み寄って膝をつく。それに気が付いた子猫は、嬉しそうに木の枝をくわえて誠に飛びついてきた。 「よくやったね」  褒めるように顎の下を撫でた誠の声は優しかった。喉を鳴らす子猫を見る目も、今までには想像もつかない程慈愛に満ちたものだった。  嬉しくなった史郎は、緩む表情を隠さず二人に近付く。 「ちゃんと依頼人にそう伝えてくださいよ」 「……」 「こら! 無視しない!」  誠に抱き上げられた子猫はそのまま誠の肩へと登る。それを確認した誠はマフラーを翻して来た道を戻っていった。 「ちょっと! 誠さん! 今俺に言えたじゃないですか! なんで依頼人には言えないんですか!」 「人間だから」 「俺は!」 「あんたは……ちょっと違う」 「何その間! いいですか? 依頼を受けたのは誠さんです。ちゃんとしっかり報告する義務があります! なんで俺が報告してるんですか! アヤカシに追われてるだけの! 俺が!」  史郎が物申しながら歩いていれば、誠の足が止まる。その場でニ、三度足踏みした史郎を振り返った誠の顔は、非常に無だった。 「そんなに話したかったら木とでも話してて」  それだけを言い残した誠は、振り返ることなく歩いていく。その背中が小さくなった頃、じわじわと史郎の中で感情が昂っていくのを感じた。 「縛り付けて延々俺の話聞かせてやりましょうか!」  感情に任せて叫んだ声は、森の中に響き渡った。 終わり
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