第二章

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 次の日、史郎は誠と共に街を歩いていた。横を通り過ぎる馬車を目で追いながら、史郎は微かに前を歩いていた誠に駆け寄って横に並ぶ。 「月島さんって怖く見えたんですけど意外と良い人ですよね」  昨日連行された史郎たちは、何のお咎めもなしに解放された。言葉一つ一つの圧はあるものの、笑みを崩さない月島は物腰柔らかく史郎たちに接してくれる。昨日も、史郎は下宿先まで馬車で送ってもらったためアヤカシに襲われることなく無事に帰宅することが出来たのだ。  そんな月島に、誠は一つの提案をされた。  服と刀を黙認する代わりに、依頼を受けてほしいと。 「ていうか誠さん、軍人さんじゃなかったんですね。何でそんな恰好してるんですか?」  昨日のことを思い出していた史郎は、ふと気になったことを尋ねた。  昨日は緊張で吐かないよう踏ん張ることばかりに気が行ってしまって、それどころじゃなかった。  初めて会った時から、誠は軍服を着ていた。だから、何の迷いもなく軍人だと思っていたのに。それは間違いだということが昨日判明した。誠は軍人ではない。  なのに、刀さばきは軍人さながらだった。  相変わらず反応がない。まだ出会って数日だというのに、誠の反応になれつつあった史郎は、特に咎めることも無く歩いていた。  だが、ピタリと誠が足を止める。  突然のことに反応が遅れた史郎は、数歩先を歩いたのちに止まって振り返った。 「誠さん?」  立ち止まった誠は、じっと史郎をまっすぐ見つめた。  どうしたのかと首を傾げていれば、誠はゆっくりと口を開いた。 「道、案内して」  誠を案内した史郎は、目の前にそびえたつ洋館に口が閉じなかった。  学校が一つ入るのではという程広い庭。その庭を進んだ先に立っていた建物は、見ただけでもたくさんの部屋があることは一目瞭然だった。この屋敷だけに何人住めるだろうか。  ここは月島の別邸だと聞いた。別邸、だと。つまり、本当の家は別にあるというのだ。  門前で対応してくれた老紳士は、大きな扉を開いて中へと入れてくれる。  恐れおののく史郎とは裏腹に、何の感情も抱いてなさそうな誠は躊躇なく中へと入っていった。視界を横切る赤いマフラーについていくように、史郎も急いで中に入った。  中に入った途端広がるロビー。目の前には二股に分かれ湾曲した階段が、二階につながっていた。その下には大きな両開きの扉があり、二体の甲冑が入り口を守るように立っている。左右にはずっと続く廊下があり、見た目通りの広さがうかがえた。  腰が引ける史郎が辺りを見渡していれば、目の前の扉が開いてシャツ姿の月島が出てきた。 「やぁ、よく来てくれたね」  月島はにこやかに挨拶したのち、身を引いて中に入るよう手で促す。  迷いなく歩き出した誠について、史郎も扉へと歩み寄る。近づいた甲冑は、今にも動き出しそう。史郎は逃げるように中へ入った。  中は応接間の様になっていた。絨毯の敷かれた部屋の中央には長方形のテーブルが置かれており、対面するように一人掛けのソファが二つずつ置かれている。  壁側には天井まで届く本棚が並んでいて、所狭しと本がしまわれていた。逆側には、ポットの置かれたテーブルがある。 「どうぞ、ソファに座って」  扉を閉めた月島は手でソファを差し示し、自分もソファに座る。  倣うように、史郎もソファへと進んだ。 「依頼内容は」  だが、誠は入口近くに立ったままそう声を発した。  月島が座っても、誠は座る気がなさそう。史郎はどうしていいかわからず、誠と月島を見やったのち、ソファの傍に立って待機することに決めた。 「座らなくていいのかい?」 「座るほど長く話を聞くつもりはない」  誠は月島をまっすぐ見つめたまま、そう言った。  月島も面白そうに笑って、座ったまま体を微かに誠の方へと向ける。 「この屋敷に出るアヤカシについて調べてほしいんだ」  短くまとめた月島は、窺うように誠を見た。  史郎たちがいるこの洋館。ここに住み着いたアヤカシが悪戯ばかりするのだという。物が飛び交ったり、笑い声が聞こえたり、どたどたと走り回る足音も聞こえてくるのだとか。アヤカシの影が見えたかと思えば、あざ笑うように消えていく。  そのアヤカシの正体を、掴んでほしいとのこと。 「そのアヤカシはどこに」 「それがいろんなところに出没するんだ。全く、困った子だよね」  わざとらしく肩を竦めた月島。誠はしばらく月島を見た後、くるりと背中を向ける。赤いマフラーが靡くのを見ていた史郎の耳に、月島のくすくす笑う声が聞こえてきた。  史郎が月島に視線を向ければ、ソファの背もたれに体を預けていた。 「興味がない依頼だったかな?」  その言葉に、誠は微かに振り向いた。だがその顔は見えない。 「まるで野良猫の様に警戒心が強い癖に、何故怪異探偵なんてものをやっているんだい?」  面白いといった感情を隠さない声色。誠はしばらく黙ったのち、微かに振り向いていた顔を前に戻す。完全に背中を向けた誠は、そのまま黙って部屋から出ていってしまった。 「あ、ちょ、待ってください!」  史郎が追いかけようとすれば、月島に名前を呼ばれる。  扉に手をかけたまま振り返った史郎に、月島は体を起こし膝の上で頬杖をついた。 「島村君は、彼についてどこまで知っているのかな?」 「あ、その……俺も、怪異探偵をしていることくらいしか知らなくて……」  史郎は扉から手を離し、体ごと月島に向き合った。  よく考えなくても、史郎は誠について何も知らない。  今何歳なのかも、怪異探偵をしている目的も、本当の名前も。  そんな史郎に、月島はそうか、と声を漏らした。 「知りたいとは?」 「うーん……思わないって言ったら嘘になります、けど……」 「けど?」 「誠さんにも、何か事情があるのかなって」 「誠さん? 彼は誠という名前なのかい?」 「あ、俺も名前知らないので、勝手にそう呼んでます」  史郎が答えれば、月島は微かに目を見開いて、やがて笑い出した。  何処か上品さがにじみ出ているその笑い声に、史郎は思わず身じろぐ。 「島村君は強かなようだ」 「え、あ、ありがとうございます……?」 「そしてとても素直だな」  まっすぐな言葉で褒められ、史郎はどこか居心地が悪くなる。  だが、褒められていることには間違いないだろう。史郎はぺこりと頭を下げた。 「見たところ書生さんの様だが……学校は良いのかい?」 「あー……ちょっと訳ありでして……」  史郎は気まずく思う気持ちを誤魔化すように首をさすって説明する。  確かに史郎は書生として学び舎に通っていた。だが、お守りがちぎれてしまったことによって、アヤカシを呼び寄せてしまった。学び舎を壊し、人々を危険にさらしてしまうことを危惧して、史郎はやめざるを得なかった、と。 「そのお守りは自然に?」 「それが……分からなくて」  肌身離さず持っていたはずのお守り。それを失くしてしまい慌てて探していたところで、アヤカシが来てしまった。アヤカシから逃げる中で、廊下に落ちているちぎれたお守りを見つけたのだ。 「このお守りがないと、俺は周りの人を危険にさらしてしまうので……だから、早くこのお守りのことを知っているアヤカシを探さなくちゃいけないんです」 「お守りが直れば、君はまた学校に戻るのかい?」 「どうでしょう……そんなお金もないし、普通に外に出れるようになったら働き口を見つけます」 「そうか……」  月島は少し考えた後、史郎に向き合った。 「私の方でも、調べてみようか」 「え、い、いいんですか……?」  突然の申し出に、史郎は思わず前のめりになった。史郎自身、お守りのことが分かるまで誠に付きまとう気満々だった。ここしか縋る場所はないと思っていたから。出会った時から、頼るのは誠だとどこかで思っていた。  だが、頼れる場所が増えるのはとてもありがたい。  出来るだけ早く、見つけたかったから。 「あぁ、尽力を尽くそう」 「あ、ありがとうございます……!」 「今回は、私を助けてくれると嬉しい」 「はい! もちろんです!」  あぁ、思いもよらない味方が出来た。これは、思っていたよりも早く解決するのではないだろうか。  今は月島の力になる時だ。自分に出来ることを全力でやろう。  ソファに座ったまま微笑む月島に頭を下げ、再び扉に手をかける。  嬉しさのあまり勢いよく開いた扉の先には、広いロビーの中心にポツンと立つ誠の姿があった。
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