第二章

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「ここが、書庫みたいですよ」  史郎は重そうな扉の前で立ち止まった。  史郎よりも随分前に出たはずの誠は、一人で屋敷内を捜索しようとしたが迷いに迷ってロビーに行きついたらしい。  アヤカシの気配があれば問題はないらしいが、今は何も感じないためにそれもできない。確かに、すぐに狙われる史郎も今の所アヤカシの影を見ていなかった。  誠は重たそうな扉に手をかけたが、ガチャンと音が響くだけで開くことはない。  鍵がかかっているのだろう。 「月島さんに鍵貰ってきますか?」  史郎がそう言って誠に視線を向ければ、誠は腰の刀に手を添えているところだった。 「ちょちょちょ! 何してるんですか!」 「開かないなら壊せばいい」 「どこぞの王妃みたいなこと言わないでくださいよ!」  扉を壊そうとする誠を止めた史郎は、慌てて月島のいるところへと引きずっていった。すぐに抜け出せるであろう拘束からも抜け出すことをしない誠は、少なくとも不機嫌ではないことは確かだ。機嫌を損ねないうちに早く鍵を貰いに行こう。  史郎がロビーに足を踏み入れたその時、誠が突然史郎の腕をつかんだ。史郎が反応するよりも早く、身体が床に沈む。地面に押し倒されたと理解したと同時に、カランカラン、と何かが落ちる音が聞こえてきた。  振り向いてみれば、槍が床に落ち置ている。  冷や汗をかきながら前を向けば、扉の前に立っていた甲冑がカタカタと音を立てて揺れていた。 「ひっ……」  動きそうだと思った。だがまさか本当に動くだなんて思わないじゃないか。  史郎が体を起こして動く甲冑に身構えていれば、ひゅっと何かが横切る。次の瞬間、甲冑はガラガラと音を立てて地面に崩れ落ちていた。 「えッ!? 壊したんですか!?」  バラバラになった甲冑を見下ろしている誠に、史郎は声を上げる。月島の私物だろうか。一体、いくらするんだろう。弁償だとか言われたら……。  頭の中でわなわなと恐怖におののいていた史郎の視界に、ぎぃ、と開く扉が見えた。  扉に背を向けていた誠が振り向けば、そこから出てきた月島はこの状況を一瞥したのち、にこりと笑みを浮かべた。  弁償はしなくて大丈夫だと言ってくれた月島から鍵の束を貰い、史郎たちは再び書庫の扉の前へとやってくる。  もらった鍵束から書庫の鍵を探している史郎の後ろで、誠は黙って待機していた。その間に刀に手が伸びかかっていた誠の名前を、史郎は三回叫んだ。 「あ! 開きました!」  ガチャン、と音を立てて鍵が開く。  史郎が開いた扉を、誠が音もなく通っていった。  ありがとうもないが、壊さなかっただけましだろう。史郎はそう言い聞かせて誠の後についていく。  入口傍にあった電気をつければ、部屋の中が明るくなって部屋の全貌が明らかになった。  まるで迷路のように並んだ本棚。前も後ろも本が詰まっている本棚は、通路を開けて部屋中に置かれていた。 「うわ、さっきの部屋にもたくさんあったけど、ここは比にならないくらいありますね」  どの本も背表紙は太く、難しそうな文字がたくさん並んでいた。  あまり人が入らないのか、微かに埃が舞っている。史郎が無意識に鼻を覆おうとしたその時、目の前の本棚がガタガタと音を鳴らしながら揺れ始めた。  同時に、誠が刀に手を伸ばす。 「ぅわ!」  史郎めがけて、本棚の中から本が飛んでくる。それに混じって、キャッキャと楽しそうな子どもの笑い声と、手を叩くような音も聞こえてきた。  よけきれなかった史郎が倒れこんだ上に、黒い影が飛び出してくる。  動物ぽくない。どちらかと言えば、人の形に近い。 「ま! 誠さん!」  その影の後ろ側に、刀を振るった誠の姿が見え、史郎は青ざめた。  間一髪体をずらした史郎の真横に、刀が振り下ろされる。あと数秒でも遅ければ史郎の顔に見事命中していた。  背中を伝う汗を感じながら、史郎は慌てて立ち上がった。 「ちょっと! 俺ごと斬ろうとしないでくださいよ!」  史郎の反論もむなしく、誠は書庫から飛び出していった影を追いかけに行ってしまった。  刀を抜刀したまま走る誠の後ろを、史郎は必死に追いかけた。目いっぱい手を伸ばして、何とか靡く赤いマフラーを掴む。  離さないように手に力を込めれば、首が締まったのか誠が飛び退くように後ろへと下がってきた。 「……なに」 「何も聞かずに斬りかかるのは止めませんか」  無表情な誠に睨まれた史郎は、息が整えながら話した。史郎よりも早く走っていたはずの誠はやはり汗一つかいてない。息が乱れていることも無かった。 「月島さんの依頼は『アヤカシの正体を掴む』ことです。前みたいに、何にもわからないうちに斬りかかるのはやめてください」  アヤカシにだって何か事情がある。それを聞いて、どうにか円満に解決できたらいい。 「誠さんは話を聞かな過ぎです。話さな過ぎでもありますけど」  史郎がそう言えば、誠は微かに表情を歪める。  本当に一瞬。瞬きをし終えるころには、いつもの無表情に戻っていた。見間違いかと思う程微かな表情の動きに、史郎は言葉を繋げられなかった。  誠は史郎をひと睨みした後、ゆっくり歩き始める。マフラーが横切っても、史郎はそれを掴めなかった。  あの一瞬の表情だけなのに、誠にも何か重たい事情があるのだと感じさせられた。
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