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「ここが、書庫みたいですよ」
史郎は重そうな扉の前で立ち止まった。
史郎よりも随分前に出たはずの誠は、一人で屋敷内を捜索しようとしたが迷いに迷ってロビーに行きついたらしい。
アヤカシの気配があれば問題はないらしいが、今は何も感じないためにそれもできない。確かに、すぐに狙われる史郎も今の所アヤカシの影を見ていなかった。
誠は重たそうな扉に手をかけたが、ガチャンと音が響くだけで開くことはない。
鍵がかかっているのだろう。
「月島さんに鍵貰ってきますか?」
史郎がそう言って誠に視線を向ければ、誠は腰の刀に手を添えているところだった。
「ちょちょちょ! 何してるんですか!」
「開かないなら壊せばいい」
「どこぞの王妃みたいなこと言わないでくださいよ!」
扉を壊そうとする誠を止めた史郎は、慌てて月島のいるところへと引きずっていった。すぐに抜け出せるであろう拘束からも抜け出すことをしない誠は、少なくとも不機嫌ではないことは確かだ。機嫌を損ねないうちに早く鍵を貰いに行こう。
史郎がロビーに足を踏み入れたその時、誠が突然史郎の腕をつかんだ。史郎が反応するよりも早く、身体が床に沈む。地面に押し倒されたと理解したと同時に、カランカラン、と何かが落ちる音が聞こえてきた。
振り向いてみれば、槍が床に落ち置ている。
冷や汗をかきながら前を向けば、扉の前に立っていた甲冑がカタカタと音を立てて揺れていた。
「ひっ……」
動きそうだと思った。だがまさか本当に動くだなんて思わないじゃないか。
史郎が体を起こして動く甲冑に身構えていれば、ひゅっと何かが横切る。次の瞬間、甲冑はガラガラと音を立てて地面に崩れ落ちていた。
「えッ!? 壊したんですか!?」
バラバラになった甲冑を見下ろしている誠に、史郎は声を上げる。月島の私物だろうか。一体、いくらするんだろう。弁償だとか言われたら……。
頭の中でわなわなと恐怖におののいていた史郎の視界に、ぎぃ、と開く扉が見えた。
扉に背を向けていた誠が振り向けば、そこから出てきた月島はこの状況を一瞥したのち、にこりと笑みを浮かべた。
弁償はしなくて大丈夫だと言ってくれた月島から鍵の束を貰い、史郎たちは再び書庫の扉の前へとやってくる。
もらった鍵束から書庫の鍵を探している史郎の後ろで、誠は黙って待機していた。その間に刀に手が伸びかかっていた誠の名前を、史郎は三回叫んだ。
「あ! 開きました!」
ガチャン、と音を立てて鍵が開く。
史郎が開いた扉を、誠が音もなく通っていった。
ありがとうもないが、壊さなかっただけましだろう。史郎はそう言い聞かせて誠の後についていく。
入口傍にあった電気をつければ、部屋の中が明るくなって部屋の全貌が明らかになった。
まるで迷路のように並んだ本棚。前も後ろも本が詰まっている本棚は、通路を開けて部屋中に置かれていた。
「うわ、さっきの部屋にもたくさんあったけど、ここは比にならないくらいありますね」
どの本も背表紙は太く、難しそうな文字がたくさん並んでいた。
あまり人が入らないのか、微かに埃が舞っている。史郎が無意識に鼻を覆おうとしたその時、目の前の本棚がガタガタと音を鳴らしながら揺れ始めた。
同時に、誠が刀に手を伸ばす。
「ぅわ!」
史郎めがけて、本棚の中から本が飛んでくる。それに混じって、キャッキャと楽しそうな子どもの笑い声と、手を叩くような音も聞こえてきた。
よけきれなかった史郎が倒れこんだ上に、黒い影が飛び出してくる。
動物ぽくない。どちらかと言えば、人の形に近い。
「ま! 誠さん!」
その影の後ろ側に、刀を振るった誠の姿が見え、史郎は青ざめた。
間一髪体をずらした史郎の真横に、刀が振り下ろされる。あと数秒でも遅ければ史郎の顔に見事命中していた。
背中を伝う汗を感じながら、史郎は慌てて立ち上がった。
「ちょっと! 俺ごと斬ろうとしないでくださいよ!」
史郎の反論もむなしく、誠は書庫から飛び出していった影を追いかけに行ってしまった。
刀を抜刀したまま走る誠の後ろを、史郎は必死に追いかけた。目いっぱい手を伸ばして、何とか靡く赤いマフラーを掴む。
離さないように手に力を込めれば、首が締まったのか誠が飛び退くように後ろへと下がってきた。
「……なに」
「何も聞かずに斬りかかるのは止めませんか」
無表情な誠に睨まれた史郎は、息が整えながら話した。史郎よりも早く走っていたはずの誠はやはり汗一つかいてない。息が乱れていることも無かった。
「月島さんの依頼は『アヤカシの正体を掴む』ことです。前みたいに、何にもわからないうちに斬りかかるのはやめてください」
アヤカシにだって何か事情がある。それを聞いて、どうにか円満に解決できたらいい。
「誠さんは話を聞かな過ぎです。話さな過ぎでもありますけど」
史郎がそう言えば、誠は微かに表情を歪める。
本当に一瞬。瞬きをし終えるころには、いつもの無表情に戻っていた。見間違いかと思う程微かな表情の動きに、史郎は言葉を繋げられなかった。
誠は史郎をひと睨みした後、ゆっくり歩き始める。マフラーが横切っても、史郎はそれを掴めなかった。
あの一瞬の表情だけなのに、誠にも何か重たい事情があるのだと感じさせられた。
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