第三章

1/5
前へ
/29ページ
次へ

第三章

 誠のいる洞窟へとやってきた史郎は、入口の傍で待機していた。  先日受けた依頼の後に新たに提案された依頼。誠は何も言わずその場から去ってしまった。その後史郎は月島と話し、その日は疲れているだろうからまた後日窺うと言われた。 「誠さーん、いるんですよね?」  暗くて先の見えない洞窟。誠がなぜここにいるかは分からなかった。ただ『怪異探偵』の依頼をするならここ、と教わっただけ。  だが、さすがにここに住んでいるということはないだろう。拠点にしているだけなのかもしれない。事務所とかではないのは珍しいが、確かにここは資金もかからなくてよさそう。  そんなことを思いながら、史郎は再度声を掛けた。 「来ないなら俺から行っちゃいますよー? 誠さーん?」  入口付近にとどまるのは出来るだけ避けたい。朝とは言え、いつアヤカシが寄ってくるかわからないから。  史郎が一歩踏み出そうとしたその時、後ろからポン、と肩を叩かれる。 「おわぁッ!」 「ふふ、いい反応だね」  跳ねた心臓に従うように飛び跳ねた史郎。その後ろから、くすくすと楽しそうな声が聞こえてきた。 「月島さん!」  振り返った先にいたのは、初めて会った時と同じ軍服を身にまとった月島だった。  史郎が名前を呼べば、月島は応えるように軽く手を上げる。 「やぁ。こんにちは。ここが誠君のお家かい?」 「あ、いや、お家……なんですかね?」  史郎が首を傾げると、洞窟の奥からコツ、と足音が聞こえてきた。視線を向ければ、赤いマフラーを揺らしながら歩いてくる誠の姿。  暗闇から出てきた誠は、鋭い目で月島を見ていた。 「依頼は受けない」  珍しく、誠の方から声を発した。その声に、史郎は眉を上げる。  まだ出会ってそんなに時間は経っていないが、今までとはどこか違う気がする。少しだけ掠れているような、疲れているような声。どことなく、表情もいつもより違うように見えた。  警戒心をさらに強めているような、月島も史郎も敵だとみなしているような、そんな顔。 「誠さん……?」  史郎が思わず名前を呼べば、誠はちらりと視線を向ける。だが、すぐにその目は逸らされてしまった。 「フラれてしまったみたいだね」  残念そうに肩を落とした月島。だが、心の底から落ち込んでいるようには見えない。 「どうして受けてくれないんだい? 依頼内容も聞いていないのに」 「胡散臭い」 「君もある意味素直だ」  間を開けず答えた誠に、月島は声を揺らして笑う。肩を竦め、コツコツとブーツを鳴らしながら誠に近付いた。洞窟内に響き渡るその足音は、誠の前に来たと同時に止まった。 「私が胡散臭い、のかな」  史郎から月島の表情はうかがえない。だが、声からして微笑んでいるのは分かった。どんな時も笑みを崩さない月島は、余裕しかない大人の様だ。  もし、月島のようになれたらかっこいいかもしれない。 「あんた臭い」 「えっ!?」  誠の思わぬ発言に、史郎は声を上げた。  月島と共にいて匂いなんて感じたことはない。臭いだなんて尚更。月島に対して失礼だし、事実無根の悪口だ。 「誠さん……! 断りたいからってそんな……」  史郎が口を挟めば、月島が手を上げ制してきた。  未だ表情は見えない。月島の背中を見つめることしか出来ない史郎は、口を閉ざして二人を見つめた。 「臭い?」 「アヤカシの匂いが染みついてる」  誠の回答に、史郎はどこかほっとした。体臭云々の話ではなく、アヤカシの匂いの話だった。  月島が手を後ろに組んで、ほう、と声を漏らした。 「普通の人間はそんなに匂わない。匂うのはあそこの人間くらい」 「え、俺!? 臭いですか!?」  『あそこの人間』、というのは間違いなく史郎だろう。慌てて自分の匂いを嗅ぐが、何の匂いもしなかった。それに、今まで匂いについて誰にも言われてこなかった。  若干ショックを受けつつこの感じることのない匂いはどうやったら消せるのだろうと頭の中で試案していれば、月島が声を掛けた。 「私がアヤカシ臭いのと、胡散臭いのは繋がるのかな?」 「怪異が頻発するのはアンタがアヤカシを飼ってるからか、もしくはわざとアヤカシをおびき寄せてるか」 「ほう」 「僕にそれを依頼する目的が見えない」  誠の言い分がもし正しければ、それは確かによくわからない。  月島は自ら怪異を起こし、それを誠へと依頼しては正体を掴ませている。前回の依頼を見るに、月島はアヤカシについて詳しいような感じがした。それに、怯えている様子も焦っている様子も見受けられなかった。誠に頼まなくても、一人で何とか出来るような気もする。 「君は怪異ならなんでも引き受けるわけではないんだね」  答えることのしない誠に、月島は小さく息を吐いたのち誠に背を向ける。  史郎の方に振り向いた月島は、作ったような困り顔をしていた。 「まぁ、今回のアヤカシはどうやら猫のようだし、私でも……」  言いかけた月島の腕を、誠がつかんだ。  初めて自ら他人に接触したのを見た史郎は、関係ないにもかかわらず目を見開いて驚く。誠から何かアクションを起こすことなんて、そうそうなかったのだ。 「……どうしたんだい? 何か他に言いたいことでも?」  笑みを浮かべ首を傾げる月島に、誠はまっすぐ視線を向けた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加