第三章

5/5
前へ
/29ページ
次へ
「受けた依頼だから。報告はする」 『あぁ、それで構わん。この土地とはもうおさらばかもな』 「どっか行っちゃうんですか?」 『この森はもう食料がない。だが、話のわかる人間を困らせるのも忍び入る』 「そう言えばさっきもそんなこと言ってましたね。狩りつくしちゃったんですか?」  何気なく問いかければ、黒猫は黄金色の目をまっすぐ史郎に向けた。思っていたよりも深刻そうな雰囲気に、史郎も黙って黒猫を見つめる。 『我ら以外に、必要以上に狩る者がおる』  重々しく口を開いた黒猫に、史郎は息をのんだ。  軽く受け流すのを許さない空気。誠も、まっすぐではないものの黒猫に視線を向けている。この場で関係なしに動いているのは子猫だけだった。 「それは、アヤカシ……」  史郎が問いかけようとしたその時、ザワリと嫌な空気が蔓延した。  黒猫は体を大きくして回収した子猫を物陰に隠し、誠も刀に手を添え辺りを警戒する。  身体に突き刺さるような空気に、史郎は咄嗟にポケットにしまったお守りを握り締めた。  その瞬間、勢いよく黒い影が史郎にとびかかってきた。素早すぎるスピードに反応しきれなかった史郎を守るように、黒猫が影に食らいつく。だが、咄嗟のところで避けた影は踊るように飛び跳ね再び史郎に狙いを定める。  それを許さないとでもいうように、黒猫は低く唸り声を上げ史郎の前に出た。  黒猫と対峙する影の後ろに回り込んだ誠が姿勢を低くして刀を抜いた。その勢いを使って斬りかかれば、影は上に飛び跳ねてそれをよけきった。 『早いな』  誠と交戦している影は黒猫の三分の一の大きさだった。そこまで大きくない。そのためか動きが異様に早かった。小回りの利く体を活かして、誠を翻弄しているようにも見える。  黒猫が助太刀に入ろうとしたその時、誠の動きが不自然に止まった。  間合いを取った誠と影の間。そこに、子猫が入り込んでしまっていた。  遊んでいるのだと、思ってしまったのか。 『あの馬鹿!』  黒猫がとびかかるよりも早く、影が動いた。子猫に狙いを定めてとびかかる影に対して、子猫はよけようとしなかった。むしろ、遊んでとでもいうように前足を伸ばす。  その瞬間が、まるでスローモーションのようだった。  襲い掛かる影と助けようとする黒猫の、子猫までの距離。わずかな差があれど、確実に影の方が近かった。  ──間に合わない。  史郎がそう思った瞬間、子猫に違う手が伸びてきた。そして、その手が子猫を抱き上げる。 「誠さん!」  影と子猫の間に割って入ったのは誠だった。子猫を守るように体を丸めた誠は、影の攻撃をその身に受ける。首元を噛まれた誠は、小さくうめき声を漏らした。  さらに攻撃を仕掛けようとした影に、黒猫がとびかかった。距離を取って再度仕掛けてくると思ったが、影は何かを嗅ぎ取った仕草をしたのち素早い動きでその場を去っていった。 「大丈夫ですか!?」  史郎が誠に駆け寄っても、誠は反応しなかった。その手に刀はなく、少し離れたところに落ちていた。子猫を守る時に咄嗟に投げ捨てたのかもしれない。  膝をついて背中を丸めた誠の腕から、子猫が顔を出す。元気そうに動くその子猫に、怪我はないようだった。 「よかった……間に合ったんですね」  史郎が刀を取りに行こうと立ち上がったその時、ぐらりと誠の身体が揺れた。  そのまま、受け身を取ることなくドシャリと地面に倒れこむ。 「え、誠さん……?」  腕から抜け出した子猫が前足で触れた誠の横顔は、苦しそうに歪められていた。 「誠さん! 聞こえますか!? 誠さん!」  史郎が必死に呼びかけても、誠は目を開けることはなかった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加