第四章

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 ハッと目を覚ました史郎は、勢いよく体を起こした。  部屋にいたはずなのに、辺りは木々で囲まれている。史郎はきょろきょろと辺りを見渡した。倒れていたのは、森の中のようだった。どこを見ても木、木、木。  自分は、部屋にいて、そして苦しむ誠を必死になって押さえつけていたはずなのに……。  史郎は急いで立ち上がった状況把握に努めた。  ここはどこだろう、早く戻らなくちゃ、早く戻って、誠の手を押さえなくちゃ。  史郎は走り出した。ここにいても何もわからない。なら、何か手がかりを探さなくちゃ。  とにかくひたすら走った史郎は、開けた場所を見つけた。  そこは、小さな村だった。木材で建てられた小さな家がいくつも並んでいる。  だが、その雰囲気は異様だった。  いくつかの家屋は崩れており、畑の作物は枯れている。逃げ惑う人々を追うように、物が飛んでいた。  見たことがある。これはアヤカシの仕業だ。  史郎が村に足を踏み込もうとしたその時、腕が強く引かれた。後ろを振り向けば、そこにいたのはいつもの格好をした誠。 「ま、誠さん!」  史郎は誠の肩を掴んだ。そのまま制帽を外せば、いつも通りの無表情が見えた。  吊り上がった目はしっかり開いて史郎をみている。突然の行動に若干鬱陶しそうに細めているが、間違いなくいつも通りの誠だった。 「大丈夫ですか? 苦しくないですか? どこも痛くないですか?」 「肩痛い」 「あっごめんなさい……」  パッと手を離した史郎から制帽を奪い返した誠は、かぶり直して史郎を見た。  その目は、やはりいつも通りの誠だ。たった三日見ていないだけなのに、安心感で泣きそうになる。 「あんた、どうやってここに来た」 「ぅえ? ……いや、それが分からなくて……」  史郎は誠を看病しているだけだった。どんなに調べても誠が目を覚ます方法が分からなくて、ずっと傍にいては汗を拭うことしか出来なかった。  そんな誠がさらに苦しみだして、首を絞めようとして……。 「あ、誠さんの首元に浮かび上がった痣に触れたら、なんか意識引っ張られて……」  そうだ。主張するような痣に触れてから、引っ張られる感覚があった。それを話そうとして、史郎はハッとする。  つい癖で一から話してしまった。また『短く』なんて言われてしまうかもしれない。そう思って史郎が誠を見ても、誠は考え込むそぶりを見せるだけだった。 「……僕はずっと寝てたの」 「え、あ、はい……あの子猫を庇ってアヤカシの攻撃を受けてからずっと」  口元に手を当てて考え込んでいた誠は、顔を上げて史郎を見た。  その表情は、無なのにどこか疲れているような、どこか寂しさを浮かべた表情に見える。 「ここは、夢の中」 「ゆめ?」 「聞いたことがある。たしか、バクのアヤカシ。夢を見させて、その夢を食べる。その証拠にここにいる人たちは僕らを認識しない」  誠はそこまでいって、村の方を見た。いまだに逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。物は飛び交い、建物が壊れていく。  誠はその様子を少しだけ見た後、視線を逸らした。 「こんな悪夢だとは」  誠が呟いたその時、一際高い叫び声が聞こえてきた。  誠は背を向けるように体を動かす。その様子を気にしつつ、史郎は村の方を見た。  家屋から火が上がり、事態はさらに深刻化している。そんな中で、一人の女性が何かを叫んでいた。 「あんたのせいよ! あんたが……!」  女性が腕に抱くのは、まだ小さな子供だった。ぐったりして動かないその子供は、きっと女性の子供なのだろう。その子を大事に抱える女性は、泣きわめきながら叫んだ。  女性の目の前に立つ、一人の少年に向かって。  遠くてよく見えないが。色素の薄い猫ッ毛だということはかろうじて分かった。 「ちがう、ぼくじゃない、ぼくじゃ……!」  少年は必死になって首を横に振る。心細いのか、服の裾をぎゅっと握りしめて、何度も違うと言った。だが、女性は聞く気がない。 「しんじて、ぼくじゃない! ぼくは……!」 「嘘おっしゃい! 私は見たんだから! あんたが森から出てきたと同時に、あの影が来たのを!」  女性は泣き叫んで空を指さした。そこには、確かに大きな影がいた。自由自在に飛ぶその影は、アヤカシだ。まるで竜のような形。そんなアヤカシは、口から火を吐き出しては家屋を壊滅させていく。 「ちがう……ぼくは……!」 「あんただけが死ねばよかったのに! なんで、なんでこの子が……! 返して、私の子を返してよ!」  そう叫んだ女性は、わっと腕の中の子供に泣きついた。もしかしたら、あの子供はもう……。史郎は思わず口元を手で覆った。  少年は酷く傷ついた顔をして、伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめ走り去ってしまった。  思わず追いかけようとした史郎の腕が、また誠によって強く引きとめられる。何も言わず、ただ史郎の腕をつかむだけ。その誠の表情は、どこかすぐれなかった。  腕を振り払うことが出来なかった史郎の耳に、再び悲鳴が聞こえてくる。見てみれば、先ほど子供を抱きかかえていた女性が倒れているところだった。 「あ……」  動かない。子供も、女性も。  史郎はその光景に思わず目をつぶりたくなった。だが、史郎の腕をつかむ誠の手がそれを許さなかった。  痛い。震えてる。  掴まれた腕から伝わる感情があるとすれば、きっと、恐怖が流れてくるのかもしれない。
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