第五章

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「ひどいじゃないか。せっかくの贈り物を」  聞こえてきた声に、史郎は顔を上げた。  そこにいたのは、いつも通りの笑顔を携え手を後ろに組んでいる月島。  だが、その姿は宙に浮かんでいた。 『おまえ……ッ!』  バクが月島を睨みつけたその瞬間、刀が再度バクを貫いた。もはや話すことが出来なくなったバクは、刀が抜けると同時に地面に伏せる。  史郎が駆け寄った時にはもう、その体は灰のようになって風に攫われて行ってしまう。  掴むことが出来なかった史郎は、自分の腕を抱くことしか出来なかった。 「おはよう。よく眠れたかな?」  月島の声は、誠に届けられていた。  だが、誠は答えることなくバクが嚙みちぎろうとしていたお守りを斬ろうとする。それを見越していたのか、月島は笑顔のまま手を軽く上げ指を動かす。誰にも触れられていない刀が誠に向かって飛んでいく。  それを受け流すことが精いっぱいな誠の足は、自然と止まってしまった。 「あんた、やっぱりアヤカシか」 「ふふ、君は随分鼻がよくて驚いたよ」  誠の言葉に、月島は否定しなかった。  いつか誠は月島に対して『アヤカシ臭い』と告げたことがある。あの時から、誠は月島の正体に疑問を抱いていたのだろうか。  地面に足をつけた月島が指を動かせば、誠を襲っていた刀が月島の腰元の鞘に戻っていく。  史郎はそんな月島を見ることしか出来なかった。  何もつかめなかった腕が震える。気を抜けば、意識を持っていかれそうな気がした。 「腕も十分。君は本当に優秀な子だ」  月島はそう言って歩き出した。  刀を下ろしたまま、誠は月島を睨みつけている。その視線をものともしない月島は、いつも通りの余裕そうな表情だった。 「人間とは思えないほどの俊敏な動き、迷いのない太刀筋は素晴らしいものだ。私のみてきた軍人よりもはるかに優れている」  ぱちぱちと拍手をしながらゆっくり誠に近付く月島。 「ずっと探していたんだ。君みたいな子をね」 「あんたの目的は」 「簡単さ」  誠の後ろに回り込んだ月島。誠は視線だけを動かし、後ろにいる月島の動きを窺っている。身体ごと向けないのはきっと、振り向いた瞬間に刺されるという殺気を感じているから。  その殺気は、不思議と史郎も感じ取ることが出来た。 「人間に殺される弱いアヤカシなどいらない」  月島はそう言って誠の肩に手を触れた。後ろを窺っていた誠の顎を掴んで、前を向かせる。  その視線の先は、史郎だった。 「あの出来損ないの半妖も、片付けようと思っているんだ」  月島は史郎が半妖だということを知っている。それに目を見開いた史郎に、月島は満足そうに笑った。  月島は史郎の体質の話を聞いてくれた。お守りのことも調べてくれるとも言ってくれた。お守りの代わりだってくれたのだ。  それが、嘘だったとでもいうのだろうか。 「月島さん、お守りについて調べてくれるって……」 「あぁ、使えそうだったら力になるつもりだったんだが……。君は少し優しすぎる」  最初から、月島に値踏みされていたのかもしれない。  純粋な優しさなんかなくて、自分が使えると判断したものだけに与えられる優しさ。  嘘だった。全部、最初から。  信じていたはずの月島から裏切られた史郎は、どうしていいか分からなかった。  ザワリと木々が揺らめいた音が心地よく感じる。意識を強く引っ張られていくような感じがして、史郎はそれに身を委ねそうになった。  だが、それを許さないとでもいうようにドス、と鈍い音が聞こえてくる。  史郎が視線を移せば、そこには月島からもらったお守りに刀が刺さっているところだった。顔を上げれば、月島に前を向かされたままだった誠がまっすぐと史郎を見つめている。  その視線に見つめられ、史郎はフッと心が軽くなるのを感じた。  きっと、たくさん裏切られてきた誠は、史郎が今感じた感情を常に持っていた。それが嫌なものだと、誠は思っているのだろう。  心配していると、目で訴えてくる。 「……何か言わなきゃ、伝わらないですよ」  立ち上がって誠の刀を地面から抜けば、お守りはボロボロと崩れなくなっていく。先ほどのバクと、同じように。 「ふむ。またフラれてしまったようだ」 「あんたに良いこと教えてあげる」  後ろの月島を突き離すように誠が回し蹴りをする。  軽々と避けられるも、想定内だったのかバランスを崩すことなく月島に向き合った。 「僕はあんたを求めてない」  誠をじっと見つめていた月島は、楽しそうに口元を緩めた。  満足そうだともいえる月島の表情は、どこかおっかない。誠は月島から目を離さないように史郎の近くへと飛び退いてきた。 「随分変わったみたいだな。いい夢でも見たのかな?」 「そうでもない」 「おや。それは残念だ。でも、君の声が聞けるようになって嬉しいよ」 「……あんたさっきから気持ち悪い」  思わず漏れ出ただろう誠の本音に、月島は楽しそうに声を上げ笑う。  お気に召したらしい。それを感じ取ったのか、誠は嫌そうに顔を歪めた。 「話すと少し印象が変わるな。どこか幼さを感じる」  月島は指を唇に当て、考え込むような仕草をした。どこかわざとらしいその仕草をした後、月島は口角を上げる。 「やはり猫に育てられると知性の発達は遅れるのかな」  月島の言葉に、今度は誠が固まった。  まるで誠の過去をしているかのようなその口ぶり。あの夢の中を一緒に見た史郎がやっと知り得た情報を、この男は知っているのだろうか。 「猫又だったかな? 随分君に気を許していたみたいだね」 「……なんで」 「強くて気に入っていたが……君を拾ってからのあいつは弱くなった。せっかく周りの人間を排除してあげようとしたのに」  肩を落としてみせた月島は、やれやれと首を横に振る。残念がっているような月島に、浅くなっていく誠の呼吸音が聞こえてきた。 「だから……あぁ、君は分かりやすくいった方が好ましいんだったかな」  睨みつける誠をまっすぐに見つめ返した月島は、目を細めた。  煽るように、見せつけるように、月島は言葉を選ぶ。 「君の猫又は、私が消してあげたのさ」  言葉を言い終わる前に、史郎の傍から赤が消え手元から刀がなくなる。ついで聞こえてきた金属のぶつかり合う音に、誠が月島に斬りかかったことを理解した。  激しく斬りかかる誠をにこやかに受け流す月島は、それでも言葉を止めない。 「あいつはもともと森の守り神のようなものだった。なのに、弱くて使えもしない人間を守ろうなんてするから、弱くなっていくんだ」  誠の力を焚きつけるような言葉でも、月島は表情を崩さない。汗一つかかない月島に、誠は息つく間もなく次々攻撃を仕掛けていく。  その刀が、月島の刀によって地面に向けられた。立て直そうと刃がギリギリ音を立てるも、月島の力の方が上らしい。 「意外だな。君は喜ぶと思ったんだが」  憎んでたんだろう? と月島にささやかれた誠は、腹をめがけて足を蹴り上げる。だが、月島はそれもひらりと躱してしまう。 「アヤカシ嫌いで人間嫌い。そんな君が好ましかったのだが……どうやら情が湧いてしまったのかな」 「ただ、何も知らなかっただけ」 「ほう?」 「僕は、知ったから」  一瞬史郎に視線を向けた誠と目が合う。  誠はずっと裏切られたことしか知らなかった。村の人たちにも、両親にも、そして猫又にも。ずっとそう思って恨んできたけど、そうじゃないことを誠は知った。  猫又は誠のことを守ろうとしていた。アヤカシが寄ってこないように、匂いをつけた。史郎の体質をも隠してしまう程、強く。  帰ってこなかったわけじゃない。帰ってこれなかっただけ。  裏切られたわけじゃなかった。  誠は自由になった刀で再び月島に斬りかかった。
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