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オレンジ色のシエンナ岩石で作られた石造の廊下を、二人の騎士に連れられてレイとノアは歩いて行った。廊下を抜けると緑生い茂る広い中庭があり、その隣の建物へと入って行く。
殺風景な広間に立ち込める汗の蒸せた匂い。この広間に染みついた匂いなのか、それとも同じく入団テストを受けに来た者たち熱気から来る匂いなのか。広間の中には十数名の男達がいた。女性はいない様だ、ノアを除けば。
「ここで、しばらく待っていろ。試験官が来る」
シエンナの騎士が言葉少なに立ち去って行った。
レイは壁際、肩がけの皮袋を外して空いたスペースに腰掛けた。まだ入団テストの開始までには時間があるはずだ。水袋にわずかに残った水で喉を潤す。さて、と一息ついた所でノアがまたやって来た。
「レイ。さっきはありがとう。助かったよ」
「何がだ?」
「連絡先さ」
レイは「ああ」と手を降り「なんとなくさ、気まぐれだ」と答えた。
確かにあの言葉『手紙の差し出し先を自分の所でもいい』と言ったのは咄嗟に出た言葉だった。自分でも驚いた。この時、レイの脳裏には一瞬、ノアに過去の自分と重なるものが写ったのだった。
× × ×
北の僻地ノースレオウィルの冬は寒く厳しい。雪と氷に閉ざされた大地に吹き荒ぶ地吹雪は絶えず、自然は生き物の活動全てを激しく拒んでいるようであった。5年前、レイがたった一人の祖母を亡くした時もやはり、体の芯が凍りつく様な寒い日だった。家の壁に当たる地吹雪が唸り悲鳴を上げていた。
10歳のレイはただ一人、亡くなった祖母の傍に座り込んでいた。「強く生きなさい」という言葉を残して亡くなった祖母。その言葉の意味を捉える事ができず、空虚な声の質感だけが頭に残っていた。
そんなレイに声をかけてくれたのが、祖母の古くの友人だという初老の男だった。外套の下に剣を携え、強靭な体から覇気が伝わって来たその男はアイウェルと名乗った。ノースレオウィルの剣士だと言う。
「もし、行く所がなければ私の所へ来なさい」
レイはアイウェルの差し出した手を取った。そして剣術を教わったのだ。
……あの時、あの言葉をかけてもらってなければ、今頃俺はどうなっていたか。
× × ×
ノアが「借り2だな。必ず返す」と言って少し離れたところに座った。
「どうでもいいよ」
「よかない。必ずちゃんと返す」
レイは実際、そんな事どうでも良かった。貸しを作ったなんて思っちゃいない。それよりも、入団テストを受けに来ている他の奴らが気になった。大方の男はレイと同じか少し上ぐらいの若い男達が多かった。
明らかに年上だと思われる男が一人。飛び抜けて巨軀な男が一人、でっぷりとした体格から動きは鈍そうだが明らかに力はありそうだ。そして、レイが最も注目したのが角にいた銀髪の剣士だ。丈高く一際良い体格、風貌、帯刀した剣のつかに手を預け壁にもたれかかるその姿は、その風格の違いから明らかに実践を積んできた剣士だとわかった。
「あの、向こうの角にいる剣士は注意した方がいいぞ。一人だけ別格だ」
「ああ、わかるよ。でも私が注意したいのは、反対の端にいる男だ」
ノアはそう言って、レイに目配せした。
その男はだらりと腕を下げ目を瞑り、壁にもたれかかっていた。フードを深々とかぶり確かに異様な雰囲気があった。
それからしばらく時間がすぎた。待ってる間に簡単な書類を書かされる。氏名や年齢などの基本情報、そして死んでも補償の出ない同意と死んだ後の連絡先。レイはサラサラと羽ペンを走らせながら隣のノアに声をかけた。
「おい、書けるか?」
「なに?」
「文字。書けるのか?」
「はぁ?」
「いや」
「お前、私のこと馬鹿だと思ってるだろ」
「まあ、ああ」
ノアのパンチが腹に飛んでくる。
レイがノアの紙を覗くと綺麗な文字を書いていた。
「意外だ」
今度は、ノアの肘打ちが飛んできた。
開始までにもう一人テストを受ける者がやって来て、全員で16名になった。
そしてシエンナの騎士が10人ほどやってきた。詰所にいたヴィベールと名乗った老騎士もいる。女性の騎士も一人。皆、軽装だがシエンナ騎士団の紋章の入ったタイトなチュニック姿、それでも腰につけた剣には威圧感があった。いや、装備だけではない、女騎士も含め、皆、屈強な体格、また身のこなしで、こちら側との差が明らかで威圧感があったのだ。
そして特に威圧感のある頬に大きな傷のある男が一歩前に出て言い放った。
「これから。シエンナ騎士団への入団テストを始める。本日の試験官を主担当するグレーンだ。これからやってもらうのは、実践形式の戦いだ。実際にここにいるメンバーで戦ってもらう。勝てば勝った者同志で、また戦ってもらう。最後の一人になるまでだ」
周りでざわめきが起きた。
レイの横ではノアが、シエンナ騎士団を見て、とりわけ女騎士を見て目をキラキラさせていた。
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