第1章 シエンナ騎士団

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第1章 シエンナ騎士団

 東の大街道沿いの要塞都市シエンナには、国境の街道を守るシエンナ騎士団があった。騎士団とは言っても名ばかりで、ここ東の要所シエンナで汚れ仕事をやらされる、傭兵隊に毛の生えた程度の集団だ。ここを治める領主トラヴィス直属の騎士団でもないし、もちろん強大な力を持っている中央、国王直属の騎士団とは何の関わりもない。  それでも、シエンナ騎士団に入れれば、身分が保障され、衣食住に困ることはなく生きていくことはできる。この時代、それが目当てでここシエンナにやって来る者も多かった。  辺境の北の地からやって来たレイもその一人だった。まだ少し幼なさの残る顔立ちながら、鍛え上げられた体と身のこなしからは剣術を修練して来た者の姿勢が窺えた。    賑やかな街道を抜け、東の一角、要塞内の空間を南北に切り分けている重々しい石造りの壁沿いを歩いていく。やがて見えて来たシエンナを印象付けるオレンジ色の巨大なアーチ門。開け放たれたこの門の向こうはシエンナ騎士団の領地となっていた。  レイは力を込めて入り口に立ち空を見上げた。  胸にかけた形見である輝星石のペンダントを握りしめると、気持ちに呼応する輝星石が黄蘗(きはだ)の光を鈍く放った。レイは昂る気持ちを落ち着け、「強く生きなさい」と祖母が残してくれた言葉を噛み締めていた。  不意に、背後に鋭い視線を感じ身を交す。 「あんた強そうだね」  見ると小柄な少年が樹木に身を預け細身の剣を片手にニヤニヤとこちらを見ていた。いや女か? 乱雑なクシャクシャの髪が少年を思わせるが、よく見ると整った目鼻立ちは少女の面影を残している。  彼女は剣を簡素な装飾が施された鞘に収めると、こちらに近づいてきた。革製の可動域の広い軽装な鎧にブーツ。下手をすると盗賊の様な出立ちにも見える。  お小遣いでもねだって来るのかな?  レイはゆっくりと剣の柄に手を置いた。 「子供に用はない」  彼女は止まり、まるで品定めでもするかの様にジロジロとレイを眺めたあと溜息をついた。 「あんた幾つよ」 「……」 「15? 16? 17まではいってないよね」 「15」 「フン、変わんないじゃない」 「……」 「あんた、ここに見習い騎士の試験受けに来たんでしょ。朝からここで見てたけど大した奴いなくてちょっとガッカリしてたんだ。あんた、割とできそうだったから、ちょっとテンション上がったんだけど、大した事なさそうね」 「……お前も受けるのか? お前、女だろ」  レイがそう言うが早いか、彼女は身を屈め消えたかと思った次の瞬間には懐に飛び込んできた。咄嗟に柄部分で相手の剣を受け止める。  早い! 油断していたとはいえ、ここまで遅れをとるとは。 「刺すよ。ここは女も男も関係ないんだよ。強さが正義。だから受けにきたんだ」  そう言って彼女は剣を下げ、その切っ先で門の中を指した。 「見慣れない服。どこからきたの?」  レイの付けている北の地方特有の長く細い帯を何重にも巻きつけた様なストールを指差して、ノアが言った。 「ノースレオウィル」 「ゲッ。またえらく遠いところから。ご苦労様です」  レイは背を向けて門の脇にある衛兵の詰所へと歩みを進めた。うるさい奴だ、相手をするだけ馬鹿らしい。 「気を悪くした。まあ、これでおあいこって事で」  彼女が走って近づいて来る。 「何だよ」 「ま、でも合格。本気で刺すつもりじゃなかったとはいえ、私の剣を柄で受けるなんてね。やるね」    そのまま、後ろをついて来る。 「馴れ馴れしい奴。何が目的だ」 「あー、その、なんだ、何か食うもん持ってない?」  レイは立ち止まり彼女を見た。 「やっぱり盗賊か」 「いやいや、これから一緒に試験受けようってのに、仲間になる奴にその言葉はないんじゃない?」 「……」  さてどうしたものか? とレイが考えていると、グゥ〜〜という派手な音が彼女から聞こえてきた。それでも、格好つけて立っている彼女の姿に少し親しみが持てた。レイは肩がけの皮袋から干し肉を出して一切れ裂き、黒パンを半分に割った。  「わぁー」っと目を輝かせて彼女が駆け寄って来る。  レイが渡そうとした瞬間には、「ありがとう」と言って黒パンをひったくり齧り付いていた。 「恩に、きる、よ。この、恩、は、かなら、ず、かえすから」  ガツガツと食べながら言ってくる。 「いいよ別に」 「名前は」 「……」 「私はノア」 「レイだ」 「もう二日何も食べてなかったんだ」 「それぐらいの腕があれば、食べ物ぐらい奪えるだろ。みんな俺より弱そうだって言ってたじゃないか」 「そんな事したら強盗じゃん。だから強そうな奴を待ってたんだ」  フッと笑ってしまう。 「変なやつだな」  だが好感が持てた。悪くない考えだ。  それに、黒パンと干し肉にガッツク姿は置いといて、一緒に試験を受けようとする奴と話す事で少しホッとした気持ちになった。覚悟を決めてここまで来たつもりではあったが、やはり気が張り詰めていたのかもしれない。  ここでの仕事は、最前線の警備から、街中の見廻りや外壁の補修や掃除まで、領主直属のトラヴィス騎士団が行わない仕事は何でも回されてくる。もちろん国同士の諍いが起これば真っ先に最前列に並べられるのもシエンナ騎士団だ。  ここへ入団に来るなど変わった奴だ。レイは干し肉と格闘しているノアを見ながら、そう思った。……俺も同じか。  干し肉を飲み込んだノアが、レイの肩にかけてあるストールをパンパンと叩き歩き出す。 「おい、お前、手、油、汚れてるだろ」 「気にしない気にしない。さ、行こう」  そう言うとノアはレイの前を歩いて行った。
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