第1章 シエンナ騎士団

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 衛兵の詰所には三人の騎士がいた。  レイが羊皮紙に書かれた形ばかりの身分証明を見せ、入団試験を受けに来た旨を伝える。  詰所の中でたぶん一番年配であろう白髪の老騎士が、その証明書を受け取りジロリとレイを見た。「ノースレオウィルだー。フンッ」と鼻で笑い、羊皮紙をレイに投げ返す。  レイはいつもの反応に表情を変えず、羊皮紙を綺麗に丸め皮袋に直した。  ……どこでも一緒だな。   ノアも羊皮紙を差し出したが、黒ずみの汚れが激しくとても読めた物ではなかった。  老騎士は羊皮紙を摘む様に持ちながら「これ読めねーぞ」とノアに言った。 「それしか持ってない。何でもやる、だから私も試験を受けさせてくれ」  老騎士は怪訝な顔でノアを見ながら「出身はどこだ」と訊いた。   「マリニエール=シュル=メール」 「南の果ての果ての果てじゃねえか」 「そんなに遠くない」 「……確かに、ここに空押しされた印章の窪みはマリニエール=シュル=メール」 「だから言ってるでしょ。怪しくない、私」  レイは横目でノアを見ながら思った。  ……いや怪しいよ。それにこいつ、俺より全然遠いじゃねえか。   「お前、幾つだ?」 「そこに、16って書いてあるでしょ?」 「だから読めねえーって言ってんだよ」  老騎士は汚れた羊皮紙にもう一度目を近づけた。 「そっちのお前は15か」 「はい」 「お前ら、ここで死んでも、その故郷に1通手紙がいくだけだ。そして、ここはどこよりも死が近い。分かってるのか?」 「手紙は要りません」 「手紙はいらない」  レイとノアの声が重なって問いに答えた。  レイはノアを見た後、話を続けた。 「祖母が亡くなり、ノースレオウィルにはもう誰も親族はいません」 「それでもな、一応知らせる決まりになってるんだ。誰か知ってるやつぐらいはいるんだろ」 「……それでは、剣術を教えてもらっていた師範の奥さんの元に」 「覚悟はあるのか?」 「はい」  レイは手を握りしめた。 「そっちのお前は、どうだ」 「ある。ある。おおあり。だからお願いします。受けさせて下さい」 「で、どこにする連絡先は」 「そ、それは…… もう、誰も。一人もいないから」  身を乗り出していたノアが急に小さくなる。 「うーん?」  老騎士が怪訝な顔をノアに見せる。 「あ、でも。気にしないんで、手紙はいいです」 「そういう問題じゃないんだ」 「……」  ノアは下を向いて目を逸らし押し黙っていた。  レイが、それを見て一歩前に出る。 「その手紙の差し出し場所は、私と同じ所ではダメですか? あるいは自分自身にでもいい」 「……レイ」  老騎士の視線に耐えながら二人は返答をじっと待った。  しばらく考え込んでいた老騎士が立ち上がった。   「いいぜ行きな。おい、こいつらも試験場へ連れて行ってやってくれ」  そう言うと、近くに若い騎士が二人やってきて一緒に詰所を出る。出掛けに老騎士に声をかけられた。 「俺の名はヴィベール。頑張んな。あ、そうそう、ここでは簡単に『何でもやる』なんて言うんじゃねえ。本当に何でもやらされるぞ。わかったな」  レイが会釈をした横で、ノアが「わかった」と陽気に答えた。 「行きな(生きな)。死ぬなよ」  ヴィベールが呟いた言葉を背に、二人は詰所を後にした。
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