終着駅

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 次の日、今日は塾のある日だ。塾はJRとの接続駅である黒原(くろばら)から5駅先の望田(もちだ)にある。黒原はやや都会にあり、家屋が立ち並んでいる。JRには多くの人が乗っているのに、鷹電にはあまり客が乗っていない。昔はどれだけの人がここから鷹電に乗り換えたんだろうか?  夜、塾を終えて信也は黒原駅にやって来た。すでにホームには電車が停まっている。あの電車は、鷹野行きの最終電車だ。まだ午後8時なのに。夜の写真を撮ろうとする鉄オタも多少いるが、鉄オタの数は少なくなっている。 「はぁ・・・」  信也は電車に乗り、ロングシートに座った。電車の明かりは白熱電球で、白い明りと違って温もりを感じる。信也は疲れていて、ぐったりしている。だけど、学力を上げるためだ。耐えないと。明日は休みだ。ゆっくり休みつつ勉強をしよう。 「4番線から、鷹野行き最終電車が発車します。ドアが閉まります。ご注意ください」  と、発車間際になって、美しい女性がやって来た。その女は白いノースリーブを着ている。いつもは1人だけなのに。どうしたんだろう。  ドアが閉まり、電車が走り出した。吊りかけモーターが大きなうなり音を上げる。 「だ、大丈夫かしら?」  女性は信也に声をかけた。隣に座ろうというんだろうか? 「い、いいですけど」  信也は快く受け入れた。いつも1人で帰るので、とても嬉しい。おしゃべりできるだけでも嬉しい。  女性は車内を見渡した。車内は昭和初期のままで、ノスタルジックな内装だ。整理券箱や運賃箱を除けば、そのままの姿だ。 「もうすぐ、この路線、なくなるんですね」  女性は寂しそうな表情だ。その女性もなくなるのが寂しいようだ。 「そうですけど」  信也は涼しげに答える。廃止になるなんて、全く興味がない。来月からスクールバスになるだけなんだ。 「寂しいと思いません?」 「あんまり」  女性は下を向いた。鷹電の素晴らしさを知らないなんて。もうすぐ廃止になるのに。もう見れなくなるのに。 「そう。私、寂しいわ」 「どうして?」  信也は疑問に思った。遅くて高い鷹電がどうしてこんなにもみんなに愛されているんだろう。 「だって、私たちの家族の人生を運んできたんだもん」 「そうなんだ」  女性は鷹電の思い出話を語り出した。どんな事があったんだろう。信也はその話を真剣に聞き始めた。  それは戦時中の事だった。時は太平洋戦争の頃、多くの人が戦場に送られていた頃だ。その女の夫にも召集令状が届き、出陣することになった。それを記念して、鷹野駅では出陣式が行われていた。 「戦場でも頑張ってね」  妻は夫の手を握った。結婚して間もないのに、こんな事で離ればなれになるなんて。だけど、国のためだ。買ってこの地に戻ってくるんだ。だから、心配しないで。勝ったら、この鷹野で再び会おう。 「生きて帰ってくるんだぞ」 「わかった、じゃあ、行ってくるから」  それと共に、電車は動き出した。出陣する人々は手を振り、生まれ育った鷹野村に別れを告げた。見送る人々は手を振り、彼らの健闘を祈った。必ずこの地に帰ってくるんだと思いながら。  戦時中になって、多くの子供たちが鷹野村にやって来た。疎開で都会を離れた子供たちだ。その頃の鷹野村はまるで都会のように賑わい、最も華やかだったという。  だが、日本は戦争で敗れ、多くの戦死者が出た。鷹野村の人々にも戦死した人が多くいて、その中には特攻隊で出撃した人もいた。  終戦間際、鷹野駅に箱を持った人々がやって来た。その箱を見て、女は泣き崩れている。その箱の中には、その女の夫の遺骨が入っている。夫は戦死したのだ。結婚したばかりなのに、夫婦での生活はあっという間に終わってしまった。子どもはできたけど、抱く事ができないままに死んでしまった。 「こんな姿で帰って来るなんて」 「悲しいわね」  その横にいた人は肩を叩いた。その人の息子は特攻隊で、何日か前に出撃して戦死した。その人は女の気持ちがよくわかる。  塾から帰ってきた信也は、遅めの晩ごはんを食べている。今日の晩ごはんはとんかつだ。とんかつはやや冷えていて、肉は少し硬くなっている。両親はすでに食べ終わっていて、父はリビングにいる。 「どうしたんだい?」  信也は終電の女が気になった。あの女は誰だろう。まさか、若い頃の祖母の幽霊だろうか? 「今日ね、帰りの電車に女の人が乗ってきて、電車にまつわる話を聞いたんだ」 「そうなんだ」  母はその女性が気になった。終電はいつもは1人なのに。そして、その女は誰だろう。 「電車って、色んな人に愛されていたんだね」  信也はその時感じた。鷹電はこんなにも沿線住民に愛されているんだ。あるのが当たり前のようで、それがもうすぐなくなろうとしている。沿線住民は寂しいだろうな。 「そうだよ。廃止になりそうな時、反対運動が起こったんだ。数年前に亡くなった母さんもその反対運動に参加してたし」 「そうなんだ」  両親は反対運動が起こった時の事を思い出した。信也もその事を覚えている。休みの日の朝から出かけて、旗を持って何かをしている。信也は何をしているのか、全くわからなかった。だが今、それが反対運動だったという事がわかった。 「だけど、廃止は避けられなかったんだな」  父は寂しそうな表情をしている。鷹電は消えていく。そして、心の中でしか走らなくなる。 「明日、鷹電の昔の写真を見に行くか?」 「うん。でも、どこにあるの?」  明日は休みだ。信也は見に行きたいと思った。もっと鷹電の事を知りたい。鷹電がどんな歴史をたどってきたのか。走る姿が見られなくなるまでに、歴史を知っておきたいな。 「お寺の近くにある喫茶店だよ」  信也はその喫茶店に行った事がなかった。それよりも、喫茶店にすら行った事がなかった。写真を見れば、鷹電の事がもっとわかるに違いない。行ってみたいな。 「本当? 行ってみよう」 「いいぞ」  信也は、両親と一緒にその喫茶店に行く事にした。どんな写真が見れるんだろう。楽しみだ。
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