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鷹野(たかの)村は中国地方にある農村だ。ここには神社があり、鷹野は門前町として栄えてきた。神社の辺りには多くの人が住んでいて、多くの観光客を迎えていた。だが、若い者の多くは都会に行き、高齢化や過疎化が進んでしまった。
信也は鷹野村に住む少年。鷹野村には小学校がないので隣町の北畑(きたばた)町の小学校に通っている。毎朝早く登校だが、辛いと思った事はない。みんなと一緒に通学するのが楽しいからだ。
信也のような鷹野村の子供たちは小中学校の通学に鷹野電鉄、通称鷹電(たかでん)というローカル私鉄を使っている。大正時代に沿線開発や鷹野神社への参拝客の輸送を目的に開通した。開通以来、鷹野村をはじめとする沿線の発展に大きく貢献し、鷹野神社の参拝客輸送をしてきた。だが、モータリゼーションの進展によって乗客が減少し、貨物輸送は廃止された。10年ぐらい前から廃止の危機に立たされた。沿線住民は廃止に反対した。だが去年、廃止が決定した。鷹野電鉄はこの9月の末をもって廃止になる。
信也は同じ集落に住む子供たちと一緒に電車に乗っている。鷹野村の唯一の6年生である信也は鷹野村の通学団の団長だ。来年3月に卒業し、4月からは小学校の隣にある北畑中学校に通うことになる。だが、その時には鷹電はない。寂しいけれど、それが時代の流れだ。
電車は吊りかけモーター特有の大きなうなり音を上げて線路を進む。電車は大きく揺れ、つり革も揺れている。鷹電の車両は昭和初期に製造された電車で、近頃はその古めかしさや、沿線の懐かしさを目当てに多くの鉄道ファンがやって来る。廃止が決まった頃から、訪れる鉄道ファンの数が多くなった。廃止が迫った今月から、臨時電車も走りだし、鉄道ファンもいつも以上に多くなっている。
電車は田園風景の中を走っている。普段は静かなのに、ここ最近多くの鉄道ファンがあぜ道にいて、電車を撮ったり、録画している。
「ご乗車、ありがとうございます。まもなく終点、鷹野、鷹野です。お忘れ物のないようご注意ください」
車内に自動放送が流れた。鷹電は10年ぐらい前からワンマン運転を行っていて、それと共に自動放送が導入された。降りる人は運賃箱に運賃や切符を入れ、定期券は運転手に見せる。
電車は鷹野駅に着いた。鷹野駅は1面2線の突端式ホームだが、右の1線は線路がはがされている。電車の本数が減ったためだ。
「ご乗車ありがとうございました。鷹野、鷹野、終点です。お忘れ物のないようご注意ください」
信也率いる通学団は駅から降りた。他の乗客もみんな降りた。通学団以外の乗客の多くは鉄オタばかりで、乗り納め、撮り納めが目的だ。
「はい、チーズ!」
降り立った鉄オタが写真を撮っている。駅名標や電車が目的だ。その電車は鷹電の廃止と共に引退する。
「なくなるので乗り納めって事で」
鉄オタは笑みを浮かべている。だが、心の内は、この電車が走る姿はもう見れない悲しみで一杯なんだろうか?
「今月末でなくなるんだね」
信也の横にいる5年生の島田は寂しそうだ。島田は鷹電が好きで、廃止になる事が残念だと思っている。
「うん」
だが、信也は全く興味を持たない。鷹電に全く興味がない。来月からスクールバスで通学することになるけど、全く気にならないようだ。
「来月からスクールバスで通学だね」
信也は来月からのスクールバスに興味津々だ。どんなバスだろう。どんなデザインだろう。
「うん。通学団の集合場所や時間が変わるから注意だね」
通学団は改札を出た。改札の外にも何人かの鉄オタがいる。駅の外や中を撮っている。特に見ているのは、改札口の上にある鳥観図だ。沿線案内が描かれていて、とてもノスタルジーな雰囲気だ。
「どう? 電車が走らなくなるの、寂しい?」
「ううん」
鷹電の好きな島田は気になって、信也に聞いた。だが、興味がないようだ。島田はがっくりした。鷹電の素晴らしい所を知ってほしいのに。
「そっか。僕は寂しいな」
2人は駅舎を出た所で別れた。信也は1人で家に向かう。島田はその様子をじっと見ている。信也はどうでもいいと思っているけど、家族はどう思っているんだろう。
その夜、いつものように信也は晩ごはんを食べた。晩ごはんでの話題は、鷹電の事だ。ここ最近、その話で持ち切りだ。今まで、空気のように当たり前のようにあった路線がなくなってしまう。そう思うと、この村に空白ができるようなものだ。
「今月末で鷹電(たかでん)なくなっちゃうのね」
「寂しいよな」
信也の両親は鷹電が廃止になるのを残念に思っているようだ。両親は鷹電で高校に通学していた。その時の電車はより古い電車で、車掌もいた。鷹野駅は島式ホームに2つの乗り場があった。
「ここ最近、鉄オタがよく来るの。まるで賑やかだった頃に戻ったようだわ」
信也の母は昔を思い出した。あの頃は賑やかだった。多くの人が行き交い、週末になると参拝客が訪れ、より一層賑わいを見せる。特に正月3が日は初詣で多くの人が集まり、積み残しが出るぐらいだ。
「普段からこんなに乗っていれば廃止にはならなかったのにね」
「時代の流れだよ。今は車の時代。こんな田舎の鉄道は廃止されていくの」
信也の父はあきらめている。今は車の時代。自分も車で通勤している。そんな中で、鉄道は取り残され、乗客が少なくなり、廃止されるんだ。
「残念ね」
信也の母は下を向きながらカレーライスを口にした。気持ちが落ち込むと、おいしいはずのカレーライスがおいしくなくなる。
「残す方法はないの?」
「みんなが普段から乗ってくれればよかったんだが、しょうがないんだよ。乗る人が少ないんだから」
信也の問いに、父は肩を落とした。こんなに乗客が少なければ、こうなるのは当たり前だ。ここ最近、乗客の少ない路線が廃止になっているのもそれが原因だ。
「そうね。今は車の時代だもんね」
信也はカレーライスを口にした。廃止になる事を気にしてないためか、カレーライスは普通の味だ。
鷹電が廃止になる事を、信也は気にしていないようだ。鷹電の素晴らしさを伝えていかないと。両親はじっと見ている。
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