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「会いに来た? 桜ヶ原に?」
「絢門くんから、書類を……頼まれて」
頷いて理由を告げると、百鬼先輩は「ああ」と苦々しげな表情になる。
「そういえば今日も飛鷹の姿はなかったか。あいつ、俺と会いそうな場面を徹底的に避けているな」
「ララちゃんのこと嫌いなんだよぉ。こないだ聞いたらマジ怖いってゆってた」
「……問題を起こさないだけまだマシだが」
百鬼先輩が苛立ちを紛らわせるように、おれの頭を撫で続けた。
絢門くんが百鬼先輩のことを嫌っているというのは初耳だ。言われてみれば、二人が会話しているところを見たことがない気がする。
あんなに明るい絢門くんでも苦手な人はいるんだ。そう思うと、なぜか安堵に似た感情が胸をよぎった。
ガサガサとお菓子の箱を開けた桜ヶ原先輩が、中に入っていたヒヨコ饅頭の包み紙を丁寧に剥がす。そのまま食べるのかと思いきや「はい、あーん!」とおれの口元に運ばれた。
「そういや通報騒ぎのやつ結局なんだったの? さっき生徒会がーってゆってたけど」
もごもごと咀嚼しているあいだに、桜ヶ原先輩が気になっていたことを尋ねてくれる。しかし百鬼先輩は、おれをちらりと見て「いま言うことでもない」とすげなく断った。
生徒会の話題だからと気を遣われているのかもしれない。慌ててぬるいサイダーで饅頭を流し込みながら、緑茶を選べばよかったと後悔した。口の中が甘すぎる。
「んぐ……おれも、その話、聞きたい……です」
「大した話ではないが」
「……はい」
百鬼先輩はちょっと黙ってから、口を開いた。
「二十分前に生徒が数人倒れたと通報があってな。現場が混乱しているようだったから急いで中庭に向かったが、生徒会とお茶をしていた転校生にキレすぎた親衛隊が気絶しただけだった」
「あちゃー」
「…………」
「しかも九万神に少しは他の生徒へ与える影響を考えろと注意したら『気になる相手を構って何が悪い』なんて言いやがって、それを聞いた生徒がさらにショックを受けて――お前らは中世ヨーロッパの貴婦人かと言いたくなるほどバタバタ倒れていった」
「それはウケる」
「ウケない」
聞かないほうがよかったかもしれない。おれは遠い目をした。
生徒会室にいないと思ったら、そんなことになっていたのか。彼らは想像していた以上に酒々井くんのことを気に入っているらしい。百鬼先輩も同じことを考えていたようで「転校生のことは一日で飽きると思っていたんだがな」とこぼした。
「来週の新歓もどうなることやら」
「ちょーっと荒れそうだよねぇ」
「……荒れるん、ですか?」
「たぶん? てかほぼ確定だけど。三年に上がって放送委員長がケイちゃんに変わったでしょ? 面白いこと大好きなあのひとが、テンコーセーにちょっかいかけない訳がないからねぇ」
「あいつは本当に、騒々しい……」
とうとう百鬼先輩が溜息を吐きながら目を覆ってしまった。お疲れなのだろう。
いたわりを込めてゆっくり背中をさする。桜ヶ原先輩も身を乗り出し「げんきだして」とヒヨコ饅頭を百鬼先輩の膝に載せる。
ふいに風紀委員室に設置されている電話が鳴り響いた。
「委員長! グラウンドで殴り合いが発生しているようです!」
「ハァー………………」
「ララちゃあん! 生きて!」
電話をとった風紀委員の言葉に、百鬼先輩の溜息はさらに深くなったのだった。
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