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1.季節外れの転校生と
「……ちゃん。霖ちゃん、起きて」
少し掠れた声が耳に届く。もうちょっとだけ寝ていたくて布団を頭の先まで引っ張ろうとしたけれど、逆に思いっきり剝がされてしまう。眉間に皺を寄せながら薄く目を開いた。
視界に入ったのは、ルームメイトがおれを覗き込むように見下ろし、ギラギラとした怖い目つきで口の端を吊り上げる姿。
「おはよう。いい決戦日和だね」
「……!?」
あまりにも驚いたものだから、思わずぺちんと彼の顔を押し退けてしまった。
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食パンにサラダ、スープとコーヒー。用意されていた食卓の席にのそのそと座りながら、そっと溜息を吐く。
「……なにごとかと、思った」
「ごめんごめん! もうほんっと今日が楽しみでさ、ついにこの学園にも王道転校生が! って思うと興奮しちゃって、妄想を繰り広げてたら朝になってて。俺そんなに顔怖かった?」
「ん」
「すまんの~」
困ったように笑いながら、ルームメイトが食パンにブルーベリージャムを塗りたくる。眼精疲労にたぶん効くと言って毎日塗っているけれど、味はあんまり好きじゃないらしい。
彼はおれと同じ二年の八柳 榮。サラサラとした黒髪に、黒縁の眼鏡をかけた好青年だ。ルームメイトであり実家が近所の幼馴染でもある。
なんでも腐男子とやらであるらしく、おれがここ私立御晴原学園へ行くと言ってどんな場所か説明した瞬間、進路希望調査票を破り捨てておれについてきた変人だった。
腐男子であることと学園になんの関係があるのかは分からない。けれど学校に通うことが初めてだったおれにとっては頼もしかったし、入学してからずっと榮が楽しそうなので結果的に良かったのではないだろうか。
榮がいま注目しているのは、今日やってくるらしい一年の転校生だ。昨日からずっと『我が生涯に一片の悔いなし! 悔いなし!!』とはしゃいでいたので、おれは良かったねと温かい目で眺めていた。
「テンプレ通りなら霖ちゃんもきっと気に入ると思う! 今日は絶対に食堂で昼食とろうぜ」
意味はあまり分からなかったけれど、こくりと頷いておく。
満面の笑みを浮かべていた榮が、飲みかけのスープボウルに視線を落とした。
「でもなんか、寂しくなるなー……」
「……ん?」
「いや、なんていうか……んー……萌えと友情のジレンマと言いますか」
珍しく一人でうんうん唸っていたかと思うと、立ち上がって真剣な顔でおれの手を掴んできた。
「好きな子ができても、俺とズッ友でいてくれよな……!」
「……」
好きな子ができたことなんてないのに突然言われても困る。
とりあえず友達をやめる予定は全くないので、何かを不安がっている彼の手を引き寄せてすり、と頬擦りしながら「榮、すきだよ……」とフォローしておいた。
あらまあと嬉しそうにしていたので、ちゃんと伝わったはずだ。
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