1.季節外れの転校生と

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「俺はただ、転校生が霖道様に気安く近づいたのが許せなかっただけ……醜い嫉妬です。むしろ霖道様には叱っていただかなければ」 「……どう、して?」  助けてもらったのに、どうして叱らなければいけないのか。眉を下げると楸宜くんは頬杖をついて三日月のように目を細めた。 「あいつがまた貴方に近付いたとき、制裁を加えてしまうかも」  声を潜めて悪戯っぽく言われる。  確かに最近、親衛隊による気に入らない生徒への『制裁』という名の嫌がらせや暴力が問題になっている。けれど楸宜くんはそんなことをするような人には見えない。  冗談だろうし、彼がどうしてそんなことを言ったのか分からないけれど、仄めかされてしまったら注意しない訳にはいかなかった。 「……それは、だめ」 「ふふ、はい」 「でも……助かったのは、ほんと……だから。お礼は、言わせて」 「……はい」  やっぱり、彼は困ったように笑った。あまりお礼を言われるのが好きじゃないのかもしれない。  高らかな靴音が響いて、駒切先輩がおれの隣にどさりと腰を下ろした。手には焼きマシュマロが五つくらい刺さった棒が握られている。「お食べ」と手渡された。  餌付けされているような気分になりつつ礼を言い、おれは出来たてのアツアツを齧り始めた。 「霖道くん、鷲巳くんの手綱はしっかり握っておきたまえよ。彼は放っておいたら転校生を裏山に埋めかねないからね」 「失敬な! 霖道様が駄目っておっしゃったから埋めませんよ」 「言われなかったらするんじゃないか」 「先輩は黙っててください」 「おやまあ、生意気な。ねえ君、ほんとに気を付けるんだよ?」 「……うん?」  ――マシュマロを齧るのに集中していたせいで二人の会話を聞き逃してしまった。けれど楸宜くんが「お気になさらず」と微笑んでいたので、おれには関係のない話だったのだろう。  お腹が満たされて落ち着いて、昼休みが終わりに近付いたころ。  そろそろ教室に戻ろうかという流れになり立ち上がったとき、楸宜くんが改めておれに向き直った。 「今回は俺のわがままで貴方を連れ出しましたが、もし困ったことがあればいつでも呼んでくださいね。俺でも、親衛隊の他の者でも。みんな霖道様の味方ですから、遠慮なく声を掛けてください」 「……うん」 「もちろん私に言ってくれたって構わないよ!」  駒切先輩の言葉に思わず目を見開く。彼が拗ねたように唇を尖らせた。 「なんだい、さては私が君の親衛隊に入っているのは部費目当てだとでも思っていたな?」  ばつが悪くなって目を逸らす。  親衛隊は好きな相手のところに入るのが一般的ではあるものの、それ以外の理由で入る生徒もいるので、彼もそちら側かと思っていた。  昨年、風紀委員長の親衛隊の人数が自分のところより多いことを悔しがった九万神先輩が、生徒会の親衛隊に所属したら部費を三割増やすというルールを作ったのだ。  生徒会メンバーなら誰でも良く、部長さえ入れば適用すると九万神先輩が何も考えずに勢いで言ってしまったので、結局先輩の親衛隊の人数はほとんど増えず、生徒会の仕事は増えた。 「確かにわが化学部の部費を工面してもらっているという恩義もあるが、そもそも生徒会の中では君に一番好感を抱いていたからね。今や君の大ファンさ!」  褒められるとそれはそれで困ってしまう。この学園に来てからよく起こる、何もしていないのに一方的に好かれるということが未だに慣れない。  なにか言おうと思ったけれど出てこなくて、うろうろと視線を彷徨わせる。駒切先輩がおれの右手を取り、握手をするように緩く振った。 「だからね、今日ここで話すことができて光栄だったよ。今後とも末永くよろしく……ってことで、君のアカウントにフレンド申請しておいたからいつでもどこでも呼んでくれたまえ!」 「……え」 「先輩いつの間に!?」  彼の言葉と同時にポケットに入れていたスマホが震える。確認すると、本当に校内用SNSで駒切(こまきり) 有為(うい)という名前のアカウントからフレンド申請が来ていた。  先輩がポケットに突っ込んでいた左手を出して、握っているスマホをアピールしてみせる。  スマホでブラインドタッチする人、初めて見た。 「ん……よろしく、ね。駒切先輩」  おれは面白くなって、口元を緩めながら承認ボタンを押した。
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