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2.波乱の歓迎会
帰りのHRが終わり、教室が一斉に賑やかになる。やっと終わってくれたという解放感で、おれはゆっくりと息を吐いた。
学園中が昨日の話題でもちきりだったのだ。どこを向いても転校生の話をしていて、当事者であるだけに居心地が悪い。
生徒会が全員転校生に惚れただとか、転校生が生徒会メンバー全員にキスしただとか、話が誇張されてしまうのは噂の良くないところだ。
ちなみにおれは、転校生に惚れたけれど親衛隊に邪魔された可哀そうな人にされていた。全然違う。
榮がクラスメイトに対して訂正してくれたものの、あまり誤解は解けていない。「人間は信じたいものしか信じないんだ……」と榮は項垂れながら悟りを開いていた。
酒々井くんのことはどちらかといえば苦手なのに。また彼と顔を合わせたとき、どう話せばいいのだろう。
頭を悩ませながら席を立つ。
「十都ちゃーん、ちょっと来て」
用事もないし早く帰ろうと思っていたら、担任の彼谷先生から声を掛けられてしまった。
彼は金髪にスーツの胸元をはだけさせたファッション、そしてシャンパンコールの真似が絶妙に上手いことからホストというあだ名が付けられている人だ。
政経担当の教師であり、生徒会執行部の顧問でもあって話す機会はわりと多い。
「ごめんね~、来週の新歓に必要な書類を出し忘れちゃっててさ。俺は今から会議だから、生徒会室まで代わりに持ってってくれない?」
「……はい」
頷いて、申し訳なさそうに手を合わせた先生から差し出された数枚の紙を受け取る。
「ありがと! それ飛鷹くんに渡したら処理してくれると思うから、後はよろしく~」
パチンと飛ばされたウインクをお辞儀で返し教室を出た。生徒会のメンバーは、仕事がない日でも生徒会室でくつろいだりお菓子を食べたりしているから、きっと絢門くんもいるだろう。
昨日の件もあって彼らに会うのは気まずいけれど仕方がない。書類を渡すだけ、と自分に言い聞かせながら生徒会室へ向かった。
新館東校舎の最上階を丸々使った生徒会室には、専用のカードキーがなければ入れないようになっている。エレベーターでカードキーを専用の機械に通して、初めて目的の階へ移動できるというシステムだ。
最上階のドアが開けば、目の前には大きなソファや低いテーブルなどが置かれたくつろぐための空間が広がっている。そのエリアを通り抜けた先にある扉の奥が執務室となっていた。
一瞬ためらったあと、軽いノックをして執務室の扉を開ける。
しかし、予想していた光景はそこになかった。
「リンドーくん、おはよ~」
声を掛けてくれた絢門くんを除いて、執務室には誰もいなかったのだ。
彼はひとりで作業をしていたらしい。机の並べられた広い部屋には、空調の音だけが響いていた。
拍子抜けしながら絢門くんに書類を差し出す。
「おはよ……これ、彼谷先生、から」
「なになに……あーっ、なんか足りないと思ってたらまだ出してなかったのアイツ! も~~」
受け取った絢門くんは頬を膨らませながら、すごい勢いで手元のノートPCになにかを入力していく。彼は昨日のことを話題に出すことはなく、いつもの調子でにこにこと笑っている。
他のメンバーがなぜいないのか気になるものの、尋ねる勇気がなくて、おれは所在なくぼんやり立ち尽くしていた。
「いやあ良かった、持ってきてくれてありがとね~! 座ってお茶でも飲んでお菓子食べて~って言いたいところなんだけど――」
言葉を一度止めた絢門くんが立ち上がってコピー機へ向かい、吐き出された紙を持って戻ってくる。途中でスマホを取り出して「あ~……」と呟いたあと、彼はこちらへ眉根を下げながら笑いかけた。
「――もういっこ、おつかい頼まれてくれない?」
「……うん?」
「オレはまだやることが残ってるから、この書類をルリちゃんのとこに届けてほしいんだ~。いい?」
ほかに予定もないので頷く。すると絢門くんは「よかった~!」と大袈裟に溜息を吐いた。
ルリちゃんとは、風紀副委員長の桜ヶ原先輩のことだ。風紀委員室に届ければ良いのだろう。
「サンキュ~! マジ助かるわ。じゃあこれ、書類とお礼のアメちゃん」
「……届け、終わったら……手伝おうか?」
胸ポケットに飴玉を突っ込まれながら尋ねる。
「んーん。オレの仕事だからダイジョーブ、ありがとね」
満面の笑みで返されたので、それ以上はなにも言わなかった。頷いて踵を返し、執務室を出る。
絢門くんだけが生徒会室にいるなんて初めて見たかもしれない。珍しいなと思いながら、おれは風紀委員室へ向かうことにした。
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