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放課後で生徒の姿がまばらだったことに感謝しながら、生徒会室のある東校舎とは反対の西校舎に足を踏み入れる。
ここは少し治安の悪いD・Eクラスが存在する棟だ。そのせいで、風紀委員室が西校舎にあるのは不良たちを監視することが目的ではないか、とまことしやかに噂されていた。
実際に問題の起こる割合は西と東でほとんど変わらないらしいけれど。
そうは言っても棟が分かれているせいか、学年を問わずS~CクラスとD・Eクラスは対立しがちだった。おれも、対立は意識していないのだけれど相手から睨まれるので、結果的に今まで西校舎へ行ったことがほとんどない。
すれ違う生徒たちに胡乱げな視線を向けられながら風紀委員室へ辿りつく。長い道のりを歩いてきたような気分だった。
扉をノックして開ける。窓から覗く夕日が目に刺さると同時に「リンリン!」と跳ねた声がした。
オレンジ色に染まった部屋で、奥のデスクに座っていたピンク髪の毛先を巻いた少女にしか見えない少年が、満面の笑みで手を振っていた。
「始業式ぶりじゃん! もしかしてぇ、ウチに会いに来てくれたの!?」
「……ん」
「わーっうれしい!」
ぱたぱたと駆けてきて勢いよく飛びつかれる。書類がぐしゃぐしゃにならないよう気を付けつつ、おそるおそる抱きとめた。
彼が風紀副委員長の桜ヶ原 瑠莉先輩だ。なんでもギャルを目指しているらしい。茶色のカーディガンを羽織っていて、丁寧にセットされた化粧やネイルが良く似合っている。
あまり話したことはないのだけれど、なぜかとても友好的に接してくれる人だった。
「入って入って。何飲む? 今あるのはぁ、紅茶とコーヒーと緑茶と炭酸とぉ、牛乳とフルーツジュースとおしることコーンポタージュとぉ」
どうしてそんなに種類があるんだ。気になるものの、とりあえず先に用を済ませておきたくて、案内しようとした桜ヶ原先輩の服の裾を掴んだ。不思議そうに見上げてきた彼に書類を差し出す。
「先輩……これ、絢門くんから」
「あやちゃんから……あぁ、コレ届けるために来てくれたのね。あざまるぅ!」
にっこり笑って受け取った先輩が書類をデスクへ置きに行った。
職員室と同じくらいの広さである風紀委員室ではニ、三人が事務仕事をしているだけで、あとは出払っているようだった。放課後だし見回りに行っているのかもしれない。
「そっちに飲み物あるよん」
指された部屋の隅へ視線を向けると、大量の段ボールが重ねられている。よく見たら全部缶ジュースの箱だ。
「それね、新歓で鬼ごっこやったあとに配るヤツ! 余分に買ってるから好きなもの取っちゃって」
風紀委員も飲んでいるのだろう、いくつか蓋が開いて缶の減っている箱がある。早めに帰るつもりだったけれど断るのも失礼かと、適当に目についたサイダーを手に取った。ちょっとぬるい。
ふいに複数の足音が外から聞こえてきて、勢いよく扉が開く。
「くそ、生徒会の奴らめ……」
悪態をつきながら入ってきたのは、風紀委員長である百鬼 焔羅先輩だった。彼に続いて他の風紀委員もどやどやと流れ込み部屋が一気に騒がしくなる。
生徒会が、どうかしたのだろうか。
「あれ、ララちゃん帰ってくるの早くない?」
目を丸くした桜ヶ原先輩の言葉に、ララちゃんと呼ばれた百鬼先輩が嘆息しながら「解決した」と短く告げる。
そうして視線を上げて、ようやくおれがいることに気付いたらしい。赤い瞳が少しだけ見開かれた。
「十都」
百鬼先輩が頬を緩める。
「いないと思ったら、ここに居たのか。おいで、ゆっくりしていくといい」
「……えっと」
長居するつもりはなかったのだけれど、百鬼先輩にぐいぐいと押しやられ、気付けばソファに座っていた。
彼はおれよりも背が高く、がたいが良い。少し長めの黒髪に赤い瞳という色彩もあって、立っているだけで迫力があり、生徒たちから恐れられつつ憧れの対象でもあった。
「元気にしているか? 飯はきちんと食べている?」
「……は、い」
腕を回され、くしゃくしゃに頭を撫でられながらなんとか返事をする。彼はおれのことを犬かなにかと思っている節があった。
「ずるーい、独り占めしないでよ。リンリンはウチに会いに来たんだからね?」
お菓子の箱を抱えながら頬を膨らませた桜ヶ原先輩が、反対側に勢いよく座って身を乗り出す。両側からがっちりと挟まれて動けなくなってしまった。
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