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新入生歓迎会、当日。
榮や楸宜くんの『なにかが起こるかもしれない』という仄めかしでちょっと身構えていたものの、あれから一週間、驚くほど平和だった。
おかげで今日は苦手な運動を頑張ってみようと思える程度に元気である。いや、やりたくはないんだけれども。去年の新歓で行った鬼ごっこで全身筋肉痛になった記憶が蘇り、やっぱり苦手なものは苦手だと思い直した。
からりと晴れた青空のもと、グラウンドに運動着の生徒が集まりつつある。放送委員会からなぜか指定があったため全員が半袖の運動着にジャージのズボン姿だ。
銀色の朝礼台の周りに生徒会、放送委員会、風紀委員会と数人の教師が並ぶ。
生徒全員が揃ったところで、外にピンピン跳ねている黒髪の生徒が軽い足取りで朝礼台に上がった。大きく深呼吸をしてマイクを構える。
『――ジェントルメェェェェンアンド! ジェントルメェェン!!』
凄まじい声量の掛け声がグラウンド中に響き、マイクがキィンとハウリングを起こした。おれを含めた生徒の大半が慌てて耳を塞ぐ。
『お集まりいただきありがとうごさいまぁす! なんて素晴らしい晴天、なんて心地のええ薫風、最高の鬼ごっこ日和ですなぁ! 皆さん元気にしてはりまっか! ボクは今朝パンを焦がし歯磨き粉と洗顔料を間違え床に落ちとった靴下で滑って転んでケツをしたたかに打ったけどめっちゃ元気ですぅ!!』
「やかましいぞ鳥居塚!!」
『おっと失敬! 焔羅様からクレーム来たんで声量落としますわゴホンゴホン。えー改めまして、このたび新入生歓迎会の進行を務めさせてもらいます、放送委員長の鳥居塚 佳です! よろしくお願いします~!』
身振り手振りを交えながら元気に話している彼が、桜ヶ原先輩たちの言っていた『ケイちゃん』だ。関西弁のイントネーションは慣れないけれど、さすがは委員長を務める人間といったところか、聞きやすい滑舌と声質をしている。
『毎年の恒例になっとる鬼ごっこですが、今回はちょっと趣向を凝らしてみました! 風紀委員さんアレお願いします!』
鳥居塚先輩の言葉で、段ボールを抱えた風紀委員が生徒たちに何かを配り始めた。生徒会のほうにも桜ヶ原先輩が訪れ「どぞどぞ~」と配っていく。
渡されたのは銀色の腕輪のようなものだった。
『いま配られた腕輪をちゃーんとつけてください! 出来ましたか? それではさん、にー、いち、はい!』
掛け声と同時に、全員の腕輪が一斉に淡く光る。光の色が青色の生徒と、赤色の生徒がいるようだ。おれの腕輪は青く光っていた。
『こちら腕輪が赤く光ったひとは鬼役、青く光ったひとは逃げる役になっとります!
ルールは簡単。鬼役が自分の腕輪を、逃げる役の腕輪に触れさせたら勝ち! 鬼役の腕輪と接触したら紫色に光りますんで、そうなったら大人しくグラウンドに帰ってきてくださいね~!
また、この鬼ごっこは二人一組で行います。誰とペアになるかは事前に放送部のほうで決めさせてもらいました! 八百長なんかがないように独自の情報網を使うて振り分けたんで、変更はできません!
えー、いま全員のスマホにメールで送ったアドレスを開いてもろたら、ペアの相手の名前と、現在地が分かるようになっとります。もし途中ではぐれた場合、それ見て合流してください!』
去年の鬼ごっこはリボンの取り合いという簡素なものだったのに、突然ハイテクになって二、三年がザワついている。
『ほんなら今からペア作ってください~』という合図で一斉にみんなが動き出した。
おれのペアの相手は誰だろう。スマホを取り出して、届いたメールのアドレスをタップする。パッと出てきた画面の一番上に学園内の地図があり、地図上にゆっくりと点滅する赤い丸が表示されていた――のだけれども。
「なんで……西校舎に……?」
赤い丸は西校舎の真ん中にあり、屋上と表示されていた。生徒は全員グラウンドに出ているはずだ。GPSが壊れたのかもしれないと思いながら、画面を下にスクロールすると相手の名前が出てきた。
――八宗丘 燎。名字をどこかで見たことがある気がするものの思い出せない。
「どうかしましたか?」
首を傾げていると放送委員がやって来たので、GPSが壊れているかもしれないことを告げる。けれど彼は納得したように頷いた。
「ああ、八宗丘先輩ならよく屋上にいるので、壊れてはいませんよ。お二人とも逃げる役ですから、ゲーム開始したらすぐに合流しに行ったほうがいいと思います」
「……ありがとう」
グラウンドに集合していない時点で鬼ごっこに参加する気が全くなさそうなのだけれど、大丈夫だろうか。なんだか一気に不安になってきた。
他のみんなはどうしているだろうと考えたとき、ちょうど九万神先輩の言い争うような声が聞こえた。
「おい、どういうことだ! どうしてお前が……!」
視線を向けると、九万神先輩の隣に楸宜くんが、対面に転校生の酒々井くんと見たことのない黒髪の生徒が立っている。
九万神先輩が食って掛かっているのは、これといった特徴のない黒髪の生徒のほうで、彼は困ったように眉根を下げていた。
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