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『あらら、どないかしました?』
「鳥居塚! 俺は海晴とペアにしろと言ったはずだぞ!」
そんな大声で堂々と言ってしまっていいのだろうか。
一気に注目を集めたせいで、楸宜くんと黒髪の生徒が気まずそうにしている。酒々井くんは何か言うかなと思ったけれど、彼は黙ったまま不服そうに、腰に手を当てながら立っていた。
『聞いたような聞いてへんような~? でもペアの決定権はボクら放送委員会にありますし、そんなん言われてもなぁ。第一、会長とペアの鷲巳くんに失礼とちゃいますの』
「俺は別に……」と言いかけた楸宜くんをさえぎって、九万神先輩が黒髪の生徒を指差す。
「よりによってなんでコイツなんだ!」
『尾玄くんのこと知っとるんですか? 一応会長が文句言えへんよう、全然接点ない生徒選んだつもりやったんですけど』
鳥居塚先輩は口元に笑みを浮かべて首を傾げた。剣幕に押されたらしい、尾玄くんと呼ばれていた生徒がおどおどしながら九万神先輩を見上げる。
「あ、あの……俺、貴方になにかしました?」
「……っ」
『そんなカリカリせんといてくださいよ。ボクらは全ての学園の生徒に、平等に青春を謳歌してもらいたくてめーっちゃ頑張って考えたんですから』
「…………もういい」
不安そうにしている尾玄くんをしばらく睨んだのち、九万神会長は首を振って踵を返した。残された楸宜くんと尾玄くんも戸惑いつつ軽く会釈をし合って別れ、張り詰めた空気がすこし緩む。
いったい、会長は何に怒っていたんだろう。酒々井くんとペアを組めなかっただけにしては様子がおかしかった気がする。
『えー、丸く収まったっていうことで!』鳥居塚先輩が声を上げた。
『だいたいペア出来たみたいなんで、気ぃ取り直して景品の説明に行きたいと思います!
鬼側はより多くの生徒を捕まえた順、逃げる側はより長い時間捕まらなかった順で、上位五組ずつ好きな相手との一日デート権をプレゼント!』
「「うおおおおおお!!」」
『さらに隣町の飲食店、全店舗全商品一日無料券付きや!!』
「「うおおおおおお!?」」
太っ腹な景品で、歓声に疑問符が混じる。
『今回の新入生歓迎会は謎のスポンサー、オレンジ&レモン社からの提供でお送りしとります。腕輪の費用も全部そこから出とるんで百万回感謝してください!』
ノリの良い生徒が「ありがとうございまーす!!」と叫び、思わずふふっと笑ってしまった。
『鬼役のひとは三十秒待ってから走ってくださいね~。では、鬼ごっこ始めます! よーい――』
放送委員のひとりが前に出る。胸に下げていたホイッスルを構え、一拍置いて、高らかに吹き鳴らした。
弾かれたように逃げる役の生徒が散らばっていく。おれも少し遅れて走り出した。とにかく、ペアの相手と合流しなければなにも始まらない。
もう痛み始めている脇腹に内心泣きながら、おれは西校舎へと向かった。
西校舎の手前にある中庭で、知り合いの背中を見つけた。黒葛井先輩と謡方兄弟、そして見たことのない茶髪の生徒が立ち止まっている。
腕輪は全員青色に光っているから、おれと同じ逃げる役だ。
「ハァッ……ハァ……もう、無理です、無理」
「「白里先輩バテるの早いよ~っ!」」
「ふ、副会長大丈夫ですか?」
「これがっ、大丈夫に、見え……おえっ」
うずくまっている黒葛井先輩が心配で駆け寄ると、こちらに気付いた謡方兄弟がぱっと表情を輝かせた。
「「霖道くん!」」
「……先輩、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ、体力がなくてバテてるだけ」
「霖道くんこそ、ペアのひとが見えないけど大丈夫なの?」
「おれは……今から、合流」
「「そうなんだ~」」
口に手を当てた黒葛井先輩が「だいじょうぶじゃないです」と弱々しく呟いた。
「霖道くん……おぶってください……私デスクワーク専門なので……」
おれもデスクワーク専門だし、絶賛脇腹が痛んでいる最中である。困って言葉に詰まると茶髪の生徒が慌てて「俺、運びますよ!」と声を上げた。
「と、十都先輩はペアの方と合流しなきゃいけないでしょうし。俺は渚先輩とペアですけど、渚先輩は汀先輩&黒葛井先輩のペアと一緒に行動するみたいなので任せてください」
「そうだね」
「それがいいね」
謡方兄弟が頷いて、しゃがんだ茶髪の生徒の背中によいしょと黒葛井先輩を乗せる。
「ありがとうね雀部くん」
「白里先輩、一年生に背負われる気分はどう?」
「うう……」
本当に大丈夫だろうか。雀部くんと呼ばれた生徒は謡方兄弟より大きいけれど、黒葛井先輩よりかは小柄だ。不安になったものの、危なげなくしっかりと立ち上がったので安心した。
「でも、走って逃げるのは無理そうだね」
「隠れる場所を探さないといけないね」
「だったら!」と謡方兄弟の片方が思いついたように人差し指を立てる。
「ガーデンの秘密基地に行こうよ!」
「秘密基地、ですか?」
「そう。いい隠れ場所があるんだ」
「へぇ、初めて知りました!」
雀部くんへ向けてにっこりと笑った謡方兄弟の片方に違和感を覚えた。
何かが足りなくはないだろうか。……そうだ、相槌を打つ、もうひとりが。
「――なんで、言っちゃうの。汀」
表情を失った渚くんが、汀くんを呆然と見つめていた。
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