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え、と汀くんが目を見開く。彼は彼で、渚くんがこんな反応をするなんて夢にも思わなかったらしくショックを受けたような表情をした。
「……僕たちだけの場所だったのに」
「ぼ、僕たちだけって言ったことないじゃん」
「秘密基地なんだから誰にも言っちゃだめって分かるでしょ!」
「ここにいる人たちには黙ってもらったら良いじゃん、共有する仲間が増えるだけだよ!?」
「その仲間を作るのがだめって言ってるの!」
「なんで!?」
「なんで分かんないの!?」
謡方兄弟に挟まれた雀部くんは可哀想に、どうしたらいいか分からない様子で交互にふたりへ視線を向けている。
どんどんヒートアップしていく言い合いに、おれは内心冷や汗をかきながら割って入った。宥めるようにやんわりと彼らの背中へ手を置く。
「……ふたりとも……落ち着いて」
「「霖道くん!」」
「だって、汀が!」
「だって、渚が!」
謡方兄弟がそれぞれ、おれの腕にしがみついて片割れを指差した。
「――およしなさい」
苦しげだけれどはっきりとした声で黒葛井先輩が止めた。本当に運動が苦手らしく、雀部くんの背中の上で未だに青い顔をしながら、双子へ諭すように声をかける。
「もう鬼が来ます。ガーデンは遠いですし、隠れ場所は東校舎の空き教室でも充分でしょう。霖道くんは用事があるんですから、邪魔をしてはいけませんよ」
はっと謡方兄弟がおれを見上げ、そろそろと掴んでいた腕を離す。
「「ごめんなさい……」」
「……だいじょうぶ。逃げるの、頑張って」
ぽんぽんと軽めに背中を叩くとふたりは小さく頷いた。なんとか落ち着いたことに安堵して、おれは黒葛井先輩と目配せする。
「よろしい。では行きましょう。雀部くん、お願いします」
「は、はい!」
「霖道くんも、ご武運を」
「……ん」
弱々しく上げられた手とハイタッチをした。雀部くんとも同じようにして、最後に謡方兄弟へ両手を向ける。ふたりは一瞬戸惑ったあと眉根を下げながら笑って、同時にぱちんと手を合わせた。
「ごめんね」
「またね」
「「頑張って」」
「ん」
頷いて、走り出す。
謡方兄弟が喧嘩するところなんて初めて見た。この後が心配だけれど、きっと落ち着ける場所に到着したら黒葛井先輩がなんとかしてくれるだろう。
遠くから鬼役の声が聞こえてくる。彼らの視界に入らないうちにと、おれは西校舎へ向かう足を早めた。
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エレベーターを使ったら階数表示で鬼に居場所がバレるかもしれない。そう考えて階段を選んだことを早々に後悔した。
息が上がって苦しい。吐きそう。うずくまっていた黒葛井先輩の気持ちが痛いくらい分かる。
そもそもおれは、学園へ入学するまで外出が苦手でほとんど引きこもっていたのだ。家族や榮に連れ出されるか、飼っている犬の散歩くらいでしか運動する機会がなかった。
それなのにこんな、走ったうえに屋上まで階段を使って駆け上がるなんて、もう。
「はっ……はあっ……」
実家で飼っている柴犬のヤキイモくん、元気かな……なんて朦朧とする頭で考えながら、どうにか屋上へ続く扉までたどりついた。
鉄製の扉に体重をかけて押し開ける。よろよろと屋上へ出て、膝に手をつき、何度か深呼吸をして息を整えた。
そうして顔を上げる。しかし、目の前に広がる屋上には誰もいなかった。
まさか、入れ違いだろうか。スマホを取り出してGPSを確認する。赤い点は屋上から動いていない。
「――よぉ、あんたがオレとペアなんだよな?」
「……っ!?」
突然頭の上から声がしてびくりと肩が揺れる。振り向いて視界に入ったのは、貯水タンクのある屋根の上で制服の生徒がしゃがみ、こちらを見下ろしている姿だった。
制服といってもブレザーは羽織っておらず、白いカッターシャツに緑色のネクタイを締めているだけだ。おれと同じ二年生らしい。
青いメッシュの入った銀髪が影を作っていて目の色が暗く見える。前にぶらんと下げている手にはゴツゴツとした指輪がたくさん付いていて、重そうだなあとぼんやり思った。どこか威圧感のあるひとだ。
「……八宗丘、燎くん?」
「おー。とりあえず、上がってこいよ。そこにいたらすぐ鬼に捕まるぜ」
顎でハシゴのある場所を示され、とりあえず話をするために上がることにした。
どうしてグラウンドまで来なかったのか、どうして運動着じゃないのか、聞きたいことはたくさんある。けれど、とりあえず彼が鬼ごっこの存在を認識していたことにおれは感謝した。
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