1.季節外れの転校生と

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Side▼八柳榮  ところで、皆様は王道学園BLという概念をご存じだろうか。  知らないフレンズのために簡単に説明しよう。  王道学園BLとは、超美少年であることを隠して変装した主人公がゲイやバイだらけの全寮制男子校に転入し、抱きたい・抱かれたいランキング上位者の中から選ばれたキラキライケメン生徒会アンド風紀委員会に気に入られてちやほやイチャイチャくんずほぐれつするオタクの集団幻覚のことを言う。  なぜこの話を唐突にしたのかというと、でかい敷地、シェフのいる食堂、至るところにあるランク付け、選ばれし者しか入れないカードキー制のフロア、使われていない教室でありあまる性春を謳歌しているボーイズ……と、俺の通っている御晴原学園がまさしく王道学園モノに出てくるような場所であり。  ついに、最後の一ピースである転校生までもが揃ってしまったからである!  ちなみに生徒会メンバーの選出条件もしっかり抱きたい・抱かれたいランキング制だ。  あまりにも理想が具現化された学園なものだから、腐男子を拗らせすぎて幻覚でも見てるんじゃと一億万回頬をつねったことがある。まあそんなどうでもいい話は置いといて。  転校生が来るという情報が入った、俺の所属している漫画研究部の部室ではその日雄叫びが絶えず、部長からは「ぜぇぇったい食堂に霖道様連れてきてくだされ~!! 一生のお願いでござる!!」と通算五十四回目になる一生のお願いを受けた。  で、ミッションコンプリートした訳だけど。  ミックスジュースをストローでずぞぞと啜りながら、モーセのように人波を割いて歩く生徒会一同を眺める。どいつもこいつも顔が良くてムカつくな。霖ちゃんは別だけど。  俺のかわいい幼馴染は生徒会の誰よりもかわいい。身内の贔屓目はあるかもしれない。  しかし艶やかな黒髪に、あまり人と目を合わせたくないという理由で長めに伸ばされた前髪から覗く、青みがかった青紫色の眠たげな瞳。すっと通った鼻筋から唇のラインから、造形のなにもかもが美しいのである。  そんな子がぽつぽつと寡黙気味に話して、ワンコみたいに後ろをついてくるこの可愛さが諸君に分かるだろうか。頼みごとをしたら「ん」とひとつ頷いてやってくれて、ありがとうと褒めたら嬉しそうに頬を緩めたときのこの得も言われぬ胸の高鳴りが!! お前らに!! ――俺はなに興奮してるんだ?  我に返った。突然興奮して突然落ち着く、オタクあるある。  とにかく霖ちゃんはかわいいの権化であり、異論は認められない。そんなかわいい生き物をどこの馬の骨とも分からぬ転校生に捧げようとしている、魂まで腐りきった俺をどうか許さないでほしい。  直前まで迷ったけど一生に一度すら訪れないようなビッグチャンスなんだ。ごめん、霖ちゃん。 「あああっ氷翠殿が転校生に接触したでござる~!!」 「キスイベこい!! ぶちかましたれ!!」 「「おおおお~~ッ!!」」  生徒会長が転校生にキスしたことで、親衛隊の悲鳴と漫研部員たちの煩悩にまみれた雄叫びが混ざり合う。  俺も騒ぎの中心が見える位置で野次馬をしていたが、いつ霖ちゃんが転校生の毒牙にかかるか気が気でなかった。腐った期待四割、友達取らないで四割、背徳感二割って感じ。  やきもきしている間にどんどん生徒会のメンバーが攻略されている。 「榮氏~……ちょっと、マズイかもでござる」 「え、なにがすか部長」 「ビミョーにテンプレからズレてるっていうか、合ってるんだけど合ってないっていうか? 違和感があるんでござるよ~。ワンチャン、アンチ王道の可能性があるやも」 「嘘だろ!? ……だ、大丈夫かな霖ちゃん」  部長の言うアンチ王道とは、王道学園BLにおける登場人物の中から転校生ではないキャラが主人公となり、悪役と化した転校生や生徒会などを断罪することが多い、展開的には悪役令嬢モノに近いジャンルに相当する。  ハッピーエンドではあるものの結構主人公がツラい目に遭うパターンが多いので、アンチ王道パターンだった場合は絶対霖ちゃんを関わらせたくないのだ。頼むから主人公ポジションにはならないでほしい。  けれどそんな願いも虚しく、霖ちゃんと転校生が接触した途端に不穏な空気が漂ってきた。  というか転校生荒れすぎじゃないか? 大丈夫かな、隣町の不良を纏めあげて総長やってるパターンじゃないよな。近場でそんな噂は聞いたことないけど。  はたから見たら霖ちゃんはスンッとした無表情かもしれないが、よく見るとかなり困っているし居心地が悪そうに視線を彷徨わせている。  流石に助けに行ったほうが、と考えたときには既に先手を打たれていた。 「――霖道様」 「うわでた」  うっかり心の声が漏れる。いけないいけない、と自分の口をストローで塞ぐ。  いつの間にか、二年の鷲巳(わしみ) 楸宜(ひさぎ)が霖ちゃんの隣に立っていた。霖ちゃんの親衛隊隊長を務めている食えないヤツで、俺とはかなり相性が悪い。  亜麻色の髪をハーフアップにし、橙色の瞳を細めた彼は柔らかく笑った。 「ご歓談中失礼いたします、生徒会の皆様。実は本日、霖道様は親衛隊と共に昼食をとる予定だったのですが、それを知らない情弱が強引に食堂まで連れて行ってしまったようで……」  誰が情弱だ!!!!  ちらりとこちらに視線を寄こした鷲巳が、一瞬嘲るように笑う。死ぬほど腹立つし一生許さんがよくやった。  俺は情弱ではないので、親衛隊との交流会は一週間前に行ったばかりであることくらい知っている。霖ちゃんのために助け船を出したのだろう。 「申し訳ありませんが、霖道様はお借りさせていただきますね」 「そうか。親衛隊絡みであれば仕方ない……久々に食事をしたかったが今度だな。また食堂においで、霖道」  納得したように頷いた生徒会長に、状況が飲み込めていない霖ちゃんが不思議そうにしながら「う……ん……?」と頷き返す。  周りに散らばっていた親衛隊の子たちもわらわらと集まってきて「行きましょう霖道様!」と霖ちゃんの背中を押した。 「先約があるなら仕方ないよねぇ~。じゃ、オレたちも行こっか」  チャラ男の飛鷹が笑いながら戸惑っている様子である転校生の肩に腕を回し、二階へ向かって歩き出す。  転校生と霖ちゃんは二人とも流れるような動きについていけず、ぽかんとしたまま連行されていった。  ……なんだったんだ今の。  一瞬で不穏な空気が霧散し、戸惑いだけが残された食堂で俺は残り少ないミックスジュースをズゴッと一気に吸った。
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