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……何が起きたのだろう。
おれは親衛隊の人たちに囲まれながら、いつの間にか食堂の外へ出ていた。
柔らかい楸宜くんの声がしたことは覚えている。しかしそれ以降の展開が早すぎて、頭で理解する前にすべてが終わっていた。
食堂の喧騒が聞こえなくなるくらい離れたところで、前を歩いていた楸宜くんが振り向く。
「突然連れ出してしまってすみません、霖道様。とりあえず第二化学室を押さえたので、そこで昼食をとりながらお話しましょう」
「だいに……」
「ええ。いつもの場所は遠いですし、先ほど化学部の駒切先輩が部室でひとり寂しく焼きマシュマロをしているという情報を得たので、混ぜてもらえるよう頼んだんです」
にこりと笑みを浮かべて楸宜くんは歩き出す。
彼の言ういつもの場所とは、親衛隊とするお茶会の開催地である旧館のことだ。レンガ調の洋風建築な旧館校舎と、おれたちが今いる現代建築な新館校舎の位置はかなり離れている。
だからといって化学室を借りて良かったのだろうか。三年の駒切先輩はおれの親衛隊の一員ではあるけれど、あまり話したことがないので少し不安だ。
けれど焼きマシュマロという通常であれば学園で聞くはずのない単語に釣られたおれは、うっかり頷いて楸宜くんの後を追ってしまった。
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「失礼します」
「やあ、早かったね」
第二化学室に入ると駒切先輩が片手を上げて迎えてくれた。同時にふわりと香ばしく甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
先回りしていたらしい親衛隊も数人いて、購買で買ったのかいろんな食べ物を実験台に並べていた。
弁当や飲み物が置かれている中でひときわ目を引いたのは、一列に並んだアルコールランプと積み重ねられたアメリカンサイズのマシュマロの大袋だ。どうやらアルコールランプで炙っていたらしい。
「鷲巳くんから突然メッセージが届いて何事かと思ったが、ちょうど良かった! ひとりで焼きマロパーティーするのは流石に寂しかったんだ。是非とも楽しんでいってくれたまえ」
「すみません、助かりました」
「うむ。ところで霖道くんは焼きマロ好きかい?」
駒切先輩と楸宜くんのやり取りを眺めていたら、こちらを向いた駒切先輩が金属棒の先端に刺した焼きマシュマロを、おれの口元にぐいぐい押し付けてきた。
口を開いたらにゅっと突っ込まれたので大人しく咀嚼する。少し冷めていたけれど、そのおかげで火傷することなく外側のカリカリと内側のとろとろを堪能することができた。
「……おいしい」
「それは良かった! 沢山お食べ」
満足げに微笑んだ駒切先輩に、先ほどまで感じていた不安が薄れていく。甘いものを食べた効果もあってか、ようやく肩の力が抜けたような気がしてほっと小さく息を吐いた。
駒切先輩は棒をくるくると振りながらアルコールランプのところまで戻り、新しいマシュマロを楽しそうに炙りだした。
「霖道様、主食は何にしますか?」
「適当に持ってきたので好きなの選んでください!」
「ん……あり、がと」
親衛隊の人たちが控えめながら嬉しそうにはしゃぐ中で、食べたいものを選んで椅子に座る。向かいには楸宜くんが腰を下ろした。
静かな場所へ移動できたのも、いやに跳ねていた心臓がすっかり落ち着いたのも彼のおかげだ。きちんとお礼を言おうと口を開く。
「楸宜くん、も……ありがと、ね」
「……! いえ、礼を言われるようなことは何もしていません」
「……でも」
「本当に、違うんです」
楸宜くんは持ちかけたお箸をゆっくりと置いて困ったように笑った。
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