EP2 流転

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 広い宇宙を飛ぶのは、やはり気持ちが良かった。深い闇と星の世界を、何処までも飛んで行きたくなる。    いつか、ただ飛ぶだけの目的で、この宇宙を自由に駆け巡りたい。  そう思った。  その傍らにアレクがいてくれたなら、どんなに楽しいだろうか?  ピピピと小さな電子音がして、敵機が接近したことを告げる。それで現実に引き戻された。今は悠長に宇宙旅行を楽しんでいる場合ではない。  このままでは程なくして、ザインにロックオンされてしまうだろう。  しかし、その音が鳴る前から、ソルはザインの存在を感じ取っていた。  これが特異な能力なのだろうか。  相手がロックオンしようとした寸前で機体を翻し飛び去る。逃げるだけならザイン相手でも何とか対応出来た。  ザインは確かにかなりの腕で、一瞬でも隙を見せれば、直ぐにロックをかけられた。その度に警戒音が鳴る。  その為、始終気を張りめぐらし動きを感覚で捉えた。目を閉じると、余計に感覚が研ぎ澄まされる。  ああ、──来る。  そう思ったところへザインの機体が現れた。  それを避け、兎に角、上下左右に逃げる。  ザインは分からないが、普通の相手なら相当苛立っている事だろう。  ザインも負けずにソルの後方へ喰らいつく。ここまで張り付けるのは彼だからだ。アレクが隊で一番の腕と言うのは頷ける。  かわしたと思っても、次の瞬間には後方にいるのだ。傍から見れば、曲技飛行でも行っているように見えるだろう。  そうして、追って追われている間に約束の三十分が経ち、ユラナスから終了の連絡が入った。  ソルはザインに遅れて機体を旗艦に戻す。  ハッチを開け、ヘルメットを取ると頭を振る。漸く呼吸出来た気がした。緊張で身体が強張っていたのが分かる。 「やるな。小僧。──いや、ソルか。俺はザインでいい」  機体を降りようと縁に手をかけたところで、ザインが声をかけてきた。 「俺の方こそ…。逃げるのに必死でした…」 「はは。お互い様だな? ──ほら、こっちだ」 「ありがとう…」  伸ばされた腕に手をかける。  炎のような刺青の入った太い腕は頼りがいのあるものだった。  半ば抱えられる様にして降り立つと同時、大きな手の平がポンと頭に降ってきた。 「全ての動きを読んでいただろう? だが、次は簡単に行くと思うなよ? これでも、ラスター相手に訓練してるからな。お前らの突拍子もない動きには慣れてる」 「思ってません…。俺なんて、そんな──」 「謙遜は良くないな。ソル」  アレクはこちらに向かってくると、ソルの両肩に手を置き自分の方へ引き寄せた。 「どうだ? ザイン。少しは見直しただろう? …私のソルを」  その言葉にザインは片眉を上げて見せ。 「ああ。見直しました。…惚れないよう気を付けましょう」 「そうだな。是非、そうしてくれ」  笑顔で返すザインに、答えるアレクの目つきがどこか厳しい。  なぜだろうと首を傾げつつ、二人のやり取りを眺めていたソルに。 「そろそろ次の準備を。次はソルが追う番です。十五分間、休憩を入れた後始めます」  ユラナスが促し、それで会話は終わった。  アレクはなぜあんな厳しい目をして見せたのか。  仮にも仲間、部下だと言うのに。  その後、アレクは何事もなかった様に他の隊員らと会話していた。  ソルはユラナスの指示で、休憩を取るため少し離れた場所にあるベンチに腰かける。  そこで水分を補給していると、ゼストスが声をかけてきた。 「君が例のソルだとは。改めてよろしく。ゼストスだ。一応、ここの一番上で整備を担当、管理している」 「こちらこそ──」  慌てて立ち上がろうとすると、手で制された。 「疲れただろう? 座ったままで」  仕方なく座ったまま、差し出された手を握り返す。 「あの時は、有難うございました。的確な指示で、俺の思いつきもちゃんと対応してもらって、助かりました」 「いや。君は凄いよ。あの歳であそこまで対応できるなんてね? 操縦士なんてやめてこっちに転向しないか? 本気でアレクにそう進言してもいるんだ。勿体ないよ」 「そう言われると…。俺もパイロットになるのは夢でしたけど、やっぱり飛ぶだけじゃないから…。正直、整備士の方があっているとは思っています…」 「はは。素直だな? パイロットも戦闘以外は暇だしな? ぜひ、こっちも手伝ってもらいたい」 「アレクが許すなら幾らでも…」 「それが難関だなぁ。いや、しかし、君のエンジニアとしての能力も折り紙つきだしな。押せばなんとかなるかもしれない。もう少し粘ってみるよ」 「よろしくお願いします」  そう言って笑んで見せると、おや、とゼストスは眉を上げて見せ。 「君。笑うといいね? いいアイドルになるよ」  ゼストスはそう言って笑うと、ソルの肩を叩き、じゃあとそこを後にした。  冗談を言ったのだろう。  入れ代わりにアレクが戻ってくる。 「ゼストスと話したか?」 「はい。あの時の人だったとは…。もっと年上の人かと思ってました」 「ここは若く能力のあるものが多い。その分血の気の多いものも、手の早いものも多いが…。ゼストスはいいが、ザインには気をつけろ? あいつは手が早いし、見境もない」 「…え?」  すると、アレクはああ、と得心して。 「まだそういった類の話はソルには早かったか? しかし、十七才にもなれば好きな相手のひとりくらいいただろう? 連合にいた時は、何もしてこなかったのか?」  ソルは気まずげに視線を落とすと。 「…それは…。俺には、その──」   忘れられない人がいて──、などとは本人を前に口にできない。  アレクがずっと、心を占めていたのだ。他の誰かがそれに取って代わることはなかった。するとアレクは腕組みし。 「どうにかしたくなるな。君を見ていると…」 「アレク?」 「別に同意があれば、性差や年齢も気にはしない。早めに手をつけておかないと誰かに持っていかれそうだ…」  アレクの白く細い指が顎を捉えてきた。  まさか、ここでキスはしないと思うが。ドキリとしてしまう。 「笑って愛想を振りまくのはいいが…。そう言う顔を見せるのは私の前だけにしろ」 「…!」  白い指先が唇をなぞる。それだけで肩がビクリと震えた。 「そう…言うって、いったい…?」  すると、アレクはソルの耳元へ唇を寄せ。 「キスする一歩手前の顔だ」  低く落ち着いた声音が耳朶に響く。  カアッと頬が熱くなった。アレクは身体を離すと笑い。 「さあ、行ってこい。…ここで待っている」  手を引き、ベンチから起こしてくれた。  その後、見事開始数分でザインをロックオンし、訓練時、最短記録を更新した。
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