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エクラの湖畔近くのログハウス。
ソルは落ち着かない様子で、ある人物を待っていた。
午前中にユラナスが迎えに来ると言うのだ。彼に会うのも惑星アウローラで別れて以来。
そろそろかと思うが、アレクはまだローブ姿のままソファに横になっている。
「ユラナスや警備兵は何処に待機しているんだ?」
既にシャワーを浴び終えたソルは、グラスに冷たい水を汲み、アレクへ持って行く。
「警備兵はこの周囲に見えない様、待機させている。ユラナスは敷地内の管理棟で同じく警備兵と待機しているはずだ」
身体を起こしたアレクにグラスを手渡すと、その傍らに座った。
「そうか。なんか申し訳ないな…」
個人的な事に皆を煩わせている気がして、更に落ち着かなくなる。それに、ユラナスはこんな旧敵が支配する星に、アレクを長時間置いておきたくはないだろう。
アレクを直ぐにでも連れ戻したいだろうな…。
しかし、アレクは、
「気にするな。元々そのつもりだった。たまには休養も必要だ」
そう言うと飲み終えたグラスをテーブルに置き、手を伸ばしソルの頬を捕らえると引き寄せた。間近にブルーの瞳が迫り、目が離せなくなる。
「そろそろユラナスが来る頃だ。もう──」
支度を──と言いかけた唇を塞がれる。
初めは触れるだけだったキスが、段々と深くなって来た。思わずその腕に縋り付く。
「──っ…」
アレクは一旦、唇を離すと、息のあがったソルを見つめながら。
「そのユラナスだが、奴の父親とカエルラ──いや。セレステの父親は同じだ」
「それって、どういう…」
驚きの余り言葉を失う。
先にユラナスとアレクの関係は聞かされていた。セレステ自身が兄だと言っていたが──。
「母の一夜の慰め相手がユラナスの父親、私の父の側付だったと言う事だ。血液鑑定の結果、分かった。結果はユラナスの弟でもあると示している。王位の継承者ではない。噂は本当だった訳だが、これで放逐した所で害はないな…」
「そう、だったんだ…」
セレステはアレクの弟であり、ユラナスの弟でもある。当時、彼らの両親と側付の間に何があったかは全て闇の中ではあったが、事実は残された。
アレクとセレステ、ユラナスが繋がっているという事実に不思議な縁を感じる。
「ユラナスは、なんて?」
「別に。そうですかとそれだけだ。端からいないと思っていたものだ。突然、弟だと言われ親近感が湧くと言うものでもないのだろうが。…あれの内心は覗かなければ分からないからな。お前への思いも、あの事故がなければ分からなかったくらいだ」
「確かに…。アウローラに残ると言った時、初めて怒鳴って引き留められたんだ。けっこう、熱い男だよな?」
その言葉にアレクは小さく笑う。
「弟の件についても、私に遠慮して言わない可能性は高いな。思うところはあるだろうが…」
「セレステの事はどうするんだ?」
「それを言っていなかったな」
アレクはソルの腰に腕を回すと。
「奴は監視付きでもといた場所へ返した。そこで生涯を過ごしてもらう」
「監視付き? それって──」
「ここエクラでな。アスールの監視付きだ。ユラナスも同意した」
それは…。
アレクに聞き返そうとしたところで、室内に来客を知らせる電子音が鳴り響く。ソルは玄関に顔を向けた。
「ユラナスだ」
「早いな…。少しくらい待たせて置けばいい──」
アレクは腕を伸ばしソルを引き寄せると、軽く触れるだけのキスをする。
「そうはいかない。アレクッ──」
そうは言いながらも、幾度目かのキスでようやくアレクの胸元を軽く押し返した。
アレクは、それでも名残惜しそうに、幾度か口づけたあとようやく解放し。
「全く…。早く君との時間を充実させたいものだな」
「その…、予定なんだろ?」
言いながら、頬が熱くなる。アレクは気にも止めていないが、ソルにとっては、アレクとの仲をまだ堂々と口にする事には慣れていない。
「ああ。フィンスターニスに帰れば直ぐにでも手続きを済ます。それまで我慢しよう」
アレクにようやく解放され、戸口に出たが、ユラナスは待たされた事に小言も言わず、ただじっとソルを見つめたあと、
「お帰りなさい。無事で何よりでした」
フワリと笑んだ。こんな優しい笑みは初めて見たかも知れない。
「俺の方こそ…。ユラナスに辛い役を押し付けて、すまなかったです…。でも、あの時本気で引き止めてくれた事は忘れないです。ありがとう」
右手を差し出すと、ユラナスはそれを見つめたあと、両の手で包み込む様に握り返してきた。
「いいえ…。礼を言われる様な事は何も。ただ、あのままでしたら、死ぬまで後悔しない日はなかったでしょう。生きていて良かった…。──それと、これからは私の事はアレク様と同じ様に接して下さって結構です。敬語は必要ありません」
微笑みは限りなく優しい。
それは、あの時以来のユラナスの素の感情だった。
「ユラナス。ソルを口説くなよ?」
背後からアレクの声がした。肩越しに振り返れば、リビングを出た所にアレクが戸口に肩を預け腕を組み立っていた。
ユラナスは今一度、口元に笑みを浮かべると、さあ支度を、と奥のアレクに声をかけた。
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