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数日後、ゼストスへの面会を許された。
ユラナスから教えられた時刻に面会室に向かえば、透明な強化ガラスの向こうにゼストスが座らされていた。俯いているため、表情を窺う事は出来ない。
許された時間は僅かだ。早く声をかけたいと一歩進み出れば、入室した気配にわずかに顔を上げる。
「ゼストス…」
髪は乱れ、その間に覗く緑の瞳は輝きを失っていた。その様子に胸が痛む。
元はと言えば、自分の進言で捕らえられる事になったのだ。その行いは間違っていなかったとは言え、心が傷まない筈はない。
「ソル…。本当に、無事だったんだな…。良かった…」
やつれた表情の中に僅かな光が浮かんで見えた。ソルはガラス越し、更に一歩近づくと、
「こんな事になったけれど、俺はゼストスに感謝してる…。ステーションにいた五年も、その前からも、ずっと側で気にかけてくれた…。俺が整備士として一人前になれたのもゼストスのお陰だ。今更だけど…。ありがとう」
しかし、ゼストスは首を横に振ると。
「俺は…自分のしたいように、していただけだ…」
「それでも、俺は随分助けられた──」
「俺は…っ!」
ソルの言葉を遮るようにゼストスが声を荒らげた。監視員が視線を向けてくる。それに気づいて、ゼストスは声を抑えると。
「俺は──君を誰かに取られたくなかっただけだ…。自分勝手な思いで側にいた。単なる独占欲だ…」
吐き捨てる様に口にする。
何もかも諦めたかのような表情に、取り付く島もない様に思えたが。それでも、ソルはゼストスを見据え。
「ゼストス。あなたがいたから、今の俺がある──。ガキの俺を、あなたは大人と同じ様に扱ってくれた。それが…どんなに嬉しくて、誇らしかったか。あなたがどんなに自分を卑下しても、あなたへの感謝の気持ちは変わらない」
「……」
「俺は…あなたを尊敬してる」
ゼストスは言葉も発さず、ただ見つめ返してきた。監視兵がちらと時間を確認し。
「──時間です。レイ大尉」
感情を排除した事務的で無機質な声が室内に響く。
「ゼストス、また機会があれば会いに来る…」
名残り惜しげにゼストスを見るが。
ゼストスは入って来た時と同じ様に俯いて、こちらを見ようとはしなかった。
+++
それからひと月後。
その日、惑星フィンスターニスの帝都官邸前に設営された会場で、アレクは皆の歓声に応えながら最後の演説を済ませていた。
人々の熱気は止まない。
エルガーの側近だったとは言え、病身のエルガーに代わり、一時悪政を引き取り、善政を敷いたのだ。民衆に受けないはずはなかった。
もし、権力者になると言う野心があったなら、このままこの地位に留まっただろう。
しかし、アレクにその手の野心はなかった。容姿や立ち振舞いから、知らぬ者にはその様に誤解されるが、その意志はない。
ソルと生きる──。
野心があるとすれば、それだけだった。
演説が終わり、聴衆から選ばれた後任のクルーガが姿を現すと、その熱を引き継ぎ一気に場内が湧いた。
庶民出の彼はやはり人気があった。人柄も然ることながら、苦労を重ねここまで来た事は知られている。親しみが湧くのだろう。
上気する人々の顔を眺めながら、これで終わったのだとほっと息をつく。
長く続いたファーレンハイト家の統治は終わる。もし、父が健康であったなら、帝位を継ぎ皇帝として君臨したのだろう。
父なら善政を行ったはず。そうなれば、自分は何の疑いもなく跡を継ぎ、ソルと会うこともなかったのだろう。
政務や軍務に邁進し、それはそれで遣り甲斐もあったはず。
だが、一本、引かれた道を歩くだけ。
味気ない人生だ──。
自分の人生はこれで良かったのだと安堵する。今この手にあるものは、自ら掴み取って来たもの。
愛する者も、全て──。
背後に引いた所で、警護に当たっているソルと目が合った。どうしても自分もつくと言って聞かなかったのだ。
言葉は交わさないが、視線だけで今までの労をねぎらっているのが伝わってきた。
ソルだけにしか分からない、僅かな笑みを口元に浮かべて応える。
これで、自由だ。ただ、あと一つだけ──。
場内の一角がザワつく。何者かが自分の名を叫んだ。
肩越しに振り返った瞬間、背に衝撃が走る。同時に焼かれる様な熱を感じた。
正面にいたソルが驚愕の表情を浮かべ、駆け寄ろうとする。
ああ…。これで──。
ソルの腕が自分を抱きとめる。
そこで、アレクは目をゆっくりと閉じた。
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