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ビディリディィィイン、パピィリピィィィイン、ビディリディィィイン、パピィリピィィィイン――上空一万メートルを飛び交う超磁力兵器から発生する異音が硬い岩盤を震わせ地下深くに建設された巨大な核シェルターの内部にまで鳴り響く。その強力な衝撃波のためにシェルター内の居住環境を維持する精密機器に狂いが生じた。地球の表面に万遍なくばら撒かれた毒性の高いプルトニウム239の半減期は二万五千年。その間、核シェルターは内部に収容した人間を守らねばならない。二万五千年も経てば、わずかな狂いも大きな誤差となる。その誤差が取り返しのつかない事態を招く恐れがあるため、精密機械メーカーが派遣した技術者たちは修正を急ぐ。だが、その手は震え顔から血の気が失われ唇に銜えた精神安定剤入り酸素マスクの異常を示す赤ランプが真紅に明滅している状況で、迅速かつ正確な仕事を期待するのは酷というものだ。実際それどころではない。酸欠のせいで技術者たちがバタバタと倒れている場所もある。それがここ、核シェルター内に設置された播種機の保冷コンテナ倉庫だ。棺に似た冬眠装置が詰め込まれた倉庫の中で極寒と酸素欠乏に苦しみながらも、技術者たちは作業の手を休めない。人類を滅亡から救うために、命を捨てる覚悟なのだ。
どうして人類は滅亡の危機にあるのか? その原因を一口に説明するのは難しい。経済格差、宗教、災害、戦争その他の要因が積み重なった結果、核兵器より強力な超磁力兵器の無差別攻撃が現実のものとなり、今このとき地表には様々な生物の死骸が折り重なっている。原因は、もうどうでも良い観がある。すべてが焼け爛れた地球は人の住める星ではなくなった、その結論の方がむしろ大切だろう。
絶望的な状況だが前向きな発想をする大金持ちがいて、最新の科学技術を駆使して人類を新天地へ送り込み、そこで再起を果たす! と決意したのが、この物語の端緒である。その金持ちは最終戦争――になるかどうかは不明だが、今のところは人類最後の戦いになる可能性大――勃発前から準備を始め、自身の死後も計画を進めるよう遺言した。その後継者たちは律儀に遺言を守り、計画に参加した企業には期日通り仕事を終わらせるよう指示した。
戦時下でもノルマをこなさねばならないのか! 何というブラック企業だ! と第三者は憤ってしまうが、当事者は激怒していなかった。むしろ悲愴な決意をもって難しい業務を遂行している。自分たちが仕事をしなければ、人類は滅ぶ。すべての希望が、ここで潰える。だからやる……と思わねば到底やっていられない、とも言える。
さて、技術者諸君が頑張っている場所の一つが、核シェルター内に設置された播種機の保冷コンテナ倉庫であることは、既に触れた。播種機とは何か? 人類を他の場所へ送り込む運搬機だ。幾つかの種類がある。他の惑星へ超光速飛行するロケット型、異次元転送で別世界へ逃避する転移系、過去へタイムトラベルする時間旅行式の三つだ。これら播種機を用いた集団と、地上が生存可能な環境に回復するのを核シェルターで冷凍睡眠しながら待つグループの二つがある。人類を復活させる計画は、いわば二本立ての作戦だった。
そんな設定を書いている間に、超磁力兵器の異音が聞こえなくなった。衝撃波で揺れ動いていた核シェルターは落ち着きを取り戻す。技術者たちの顔に安堵の色が浮かぶ。修理した箇所の最終確認を終え、書類の修正項目をチェックした者から、技術者用の冬眠装置に入る。その棺に似た機械で眠りに就く前に息絶える者も多くいた。汚物を消毒するための殺虫剤チクロンB等の殺菌剤がシェルター内に急速充填されつつあり、酸素欠乏と寒さで衰弱した者が冬眠装置に入る前に毒ガスの噴射に巻き込まれてしまったのだ。それらの死骸を片付ける者は誰もいないため、腐敗してシェルター内を汚染してしまう恐れがあるけれども、彼らを死に至らしめた毒ガスの強力な殺菌効果と極めて乾燥した空気のために、無害な木乃伊となるはずである。それを発見した者は、さぞや驚くだろうが、そこまで気にしなくても構わないだろう。何しろ冬眠者たちが目覚めるのは遠い未来だ。その頃には木乃伊は崩れて無くなっているはずである。何かを見るとしても、目撃するのは人間の原形をとどめたまま乾燥した木乃伊ではなく、それが崩壊した後に残った粉や埃だけだろう。
そんなことを書いておいて何だが、訂正する。核シェルターに充満した消毒用のガスから毒性が抜けた頃、その秘密の出入り口をこじ開け、扉と枠の間に出来た狭い隙間を通って内部に侵入した者がいた。その人物は作業員たちの死体を見て大いに驚いた。数多く設置された冬眠装置の中に冷凍睡眠中の人間が入っていることは知っていたが、その他にも大勢の作業員が死体となって斃れているとは聞いていなかったためである。
その人物はスマホに保存しておいた人類復活計画の概要を眺めた。内容を再確認するとメンテナンスを担当する作業員についての記述がある。だが、作業服を着た者たちの死体がゴロゴロ転がっているとは書かれていなかった。
息苦しくなったので、その人物は防護服の中で深呼吸をした。それでも強い不安は消えない。選ばれた人間を冷凍睡眠させ、新天地で目覚めさせるという、この計画は本当に成功するのだろうか? そんな疑問が湧き上がり、心の中を満たしていく。
唐突だが、この人物の正体は誰あろう、君だ。
人類復活計画を知った君は自分も生き残りたいと考え、冷凍睡眠装置に入れてもらおうと地上を離れ地下へ降りてきたのである。
しかし折り重なるように斃れた遺体を見ているうちに考えが揺らいできた。地上につながる長い階段を再び登った方が長生き出来るのではないか? 確かに地表は放射性物質や毒性の高い化学物質そして治癒が不可能の致死性病原体でいっぱいだ。それでも得体の知れない冷凍睡眠装置で冬眠するより安全なのかもしれない。そんな思いが浮かんできたのだ。
ここは悩みどころだ。地上へ戻るか、ここへ残るか? 好きな方を選ぶがいい。
★地上へ帰還する
★核シェルターへ残る
君に与えられた選択肢は上記の二つだ。他の選択肢はない(ここまでで読むのを止めるという選択肢はある。それは当然だが忘れてしまっている読者がいるかもしれないので、念のために書いておく)。{★地上へ帰還する}を選ぶ場合は『地上へ帰還する』の部分をコピーしてからCtrlキーとFのキーを同時に押して検索すると、該当するセクションが表示されるはずだ。上手くいかないときは自力で到達して欲しい。{★核シェルターへ残る}を選択するときも同様だ。検索しても出て来ないときは自分の力で見つけ出して欲しい。君の健闘を祈る。
{★地上へ帰還する}
地表で通じる長い階段を登る途中で、君は線量計を確認した。健康に問題が生じない数値だった。これならば地上へ戻っても何とかなりそうだ、と君は安堵する。酸素濃度も大丈夫のようだ。超磁力兵器の爆発で大気が宇宙空間まで吹き飛ぶため、地球は呼吸する空気のない死の惑星になると噂されていたが、それほどではなかったのだ。だからといって防護服を脱ぎ酸素マスクを外す気にはなれない。有毒な化学物質や致死的な病原体のすべてを検出する検査キットは調達できなかったのだ。何がどうなるか分からないうちは、安全策を取るべきだろう。
それでも君は心が浮き立つのを感じた。想定していたより地上の被害は少ないと考えたからだ。最終戦争の開始と同時に地下の巨大核シェルターへ通じる秘密の階段に飛び込んだ君は、地上の状態を見ていない。だから、戦前の悲惨な予測しか知らなかった。実際のところ君は、それらの予測で描かれた惨状を全面的に信じてはいなかった。原子爆弾の投下前、百年程度はヒロシマに草木が生えないだろうと考えられたけれど、そうはならなかったではないか? しばらくは大地が荒れ果てているとしても、やがて植物が生え動物が姿を見せるようになるだろう。畑に作物の種を蒔いて収穫する光景を思い浮かべ、君は顔を綻ばせた。雑草退治の農薬として有害な化学物質を薄めて使うのはどうか? と考えていた君は強い眩暈を感じて立ち止まり、階段に座り込む。強い疲労のために君は、その場から動けなくなった。猛烈な吐き気に襲われ、酸素マスクへ嘔吐を繰り返す。体中に痛みを感じる。急に高熱が出てきた。下痢が止まらなくなる。やがて意識がもうろうとなり始めた。
重症の放射能障害が疑われる症状だった。しかし線量計は安全な数値を示している。君は予備の線量計を作動させた。そこに表示された線量は三か月の被爆許容線量を遥かに超えていた。その数値は、さらに上昇しつつある。それが意味するものは、何だろう……とぼんやり考えているうちに、君は意識混濁状態となり、そのまま死んだ。
{★核シェルターへ残る}
この選択をした君には、次の選択が待っている。播種機に乗り込むか、乗り込まないか? この二つだ。
播種機に乗り込む場合は、さらに選択さ、間違えた、選択だ。
☆他の惑星へ超光速飛行するロケット型
☆異次元転送で別世界へ逃避する転移系
☆過去へタイムトラベルする時間旅行式
これら三つの中から一つを選び、該当するセクションへCtrlキーとFキーの同時押しワープで移動せよ。
{☆他の惑星へ超光速飛行するロケット型}
冷凍睡眠に入った君を収容したロケット型の播種機が地下サイロから宇宙へ打ち上げられた。目的地は太陽に最も近い恒星ケンタウルス座アルファ星こと、通称アルファ・ケンタウリである。自動航法システムに制御されたロケットが超光速飛行へ移行しかけた頃、重力センサーが異常を検知した。進行方向に謎の天体が観測されたのだ。それはネメシスと呼ばれる未知の恒星だった。太陽の双子星でありながら、太陽の光に遮られて観測不能であり、想像の域を出なかった存在が、この期に及んで姿を現したのである。超磁力兵器の影響が宇宙にまで波及し、太陽系の重力バランスを大きく乱したが故の珍事だった。天文学者がいたら大喜びでネメシスを観測しただろうが、自動航法システムにとっては邪魔者でしかない。計算外の存在であるネメシスの巨大な重力によってアルファ・ケンタウリの最短航路は塞がれた。アルファ・ケンタウリに到達するためには迂回路を通らねばならないが、そのための推進剤は足りない。
自動航法システムは現状の推進剤でアルファ・ケンタウリへ辿り着くルートを計算した。ぎりぎりで到達する針路が導き出され、それに向けてロケットが軌道修正を始めた頃、ネメシスの位置変化によって周回軌道を逸脱したハレー彗星がアステロイド・ベルトの小惑星を多数引き連れて地球に殺到、その進路上にあったロケットは隕石の直撃を受けて四散した。
{☆異次元転送で別世界へ逃避する転移系}
君の乗る播種機は異世界に転移した。目覚めた君は自分が確かに異世界の住人になったことを実感した。見上げれば青い空、地平線には見渡せる限り青々とした草が広がっている。素晴らしい土地だった。しかし、動けない。地面に根が生えたかのように動けないのだ!
やがて君は、自分が緑の草になっていることに気が付いた。君は異世界の草に転生したのだ。現生人類そのままの形で復活を遂げることは出来なかったが、草人間として進化を遂げる時が、いつの日か訪れるかもしれない。幸い、草食動物の姿は見えない。葉を食べる虫もいないようだ。雑草になった気持ちで――実際、雑草なのかもしれない――大繁殖し、新しい進化の形を示すのも一興だろう。
{☆過去へタイムトラベルする時間旅行式}
タイムマシンの機能を兼ね備えた播種機は数千万年前の地球へ時間遡行した。そこは恐竜の闊歩していた時代である。恐竜なんて言ったって図体はデカいが脳みそはちっぽけなトカゲの親戚に過ぎない、人類の科学力があれば恐るるに足らず! と意気込む君を待ち受けていたのは、サルから進化した現生人類より遥かに高い知能を有する爬虫類型人類だった。君や君の仲間たちは全員捕らえられた。厳しい尋問の後、未来からの侵略者である君たちは全員、処刑された。皆殺しになる前、爬虫類型人類は君たちに彼らの考えたプランを伝えた。哺乳類型人類の最終戦争で汚染された大地が浄化された頃の地球に植民地を建設しようというのである。彼らは自分たちを滅ぼす巨大隕石が地球に衝突する危険性を察知し、その隕石を迎撃・破壊するシステムを構築しようとしていたが、部族間の対立が非常に悪い影響をもたらした。隕石を攻撃する軍事力で対立する部族を滅ぼそうとする試みは爬虫類型人類の準最終戦争に発展し文明は半ば崩壊、隕石を破壊する前に彼らは滅亡の危機に瀕してしまったのである。そんなときモンキー面の団体がノコノコ現れて喧嘩を吹っかけてきた。捕らえて拷問したら、時間旅行の技術が判明した。そして彼らは未来へ目を向けるべきだと考えるようになったのだ。隕石をどうこうするより、清浄な地となった未来へ引っ越した方が安上がりという判断である。
それはともかく、君のことについて語ろう。未来の人類へ警告を発しなければ! と君は考えなかった。ただただ泣いて命乞いをするだけ、そして、その努力も空しく、君は爬虫類型人類による一般的な処刑つまり頭から丸呑みされて生涯を終えた。
※播種機に乗り込まないというチョイス
播種機に乗り込まない場合は核シェルターの冷凍睡眠装置に入り、地球が再び生存可能になる時を待つことになる。そして遂に、その日が来た。目覚めた君たちは撮影や大気の検査が可能なドローンと偵察用ロボットを地表に派遣する。それらの偵察機器が緑の草が生い茂る地上の映像を地下に送って来た。シェルター内に設置されたモニターを眺める君たちから歓声が上がった。大気や地表の検査では有毒物質は検出されなかった。生存可能な環境なのだ。とうとう君たちが地上へ出る時が訪れたのだ。
外は春の穏やかな天候に恵まれていた。君たちは防護服を脱ぎ裸足になって草の感触を楽しんだ。そのときである。
[痛い、踏むな!]
そんな抗議の声が全員の頭の中に響いた。君たちは驚いた。その声が足元の草が発していると気付いたからだ。植物に知能があるのか? そんな疑問を抱き踏みつけた草に話しかけてみると、相手は[相手に物を尋ねる前に、上から降りろ!]と激しい剣幕である。やむなく立つ場所を変えるが、そこも痛いらしい。緑の草が風もないのに波打った。
「草よ草、どこに立てばいいんだね? 一面の草だらけで立つところがないぞ」
草は人の脳内へ伝わる声で答えた。
[それじゃ立つな]
「そういうわけにはいかない。私たちは長い間、地上へ出る日を夢見ていた。地表は草だらけなのだから、草を踏むのは仕方がない」
地表へ出た人類の気持ちは分からないでもない。だが踏まれた草が痛みを感じるのであれば、人が草原に立つことは草にとって許し難い暴力である。草は憤然とした声で言った。
[そうか、お前たちが伝説の人類か。地球を汚した悪魔の生き残りだな。この雑草塊がいる限り、好きなようにはさせないぞ]
異世界の草に転生した人類の一派は、雑草魂で繁栄を遂げた。知的生命体として進化し、高度な文明を発展させたのである。ただし、それは元の人類の発展形態とは異なる形であった。あくまでも植物である。便宜上、草人間と呼ぶが、人間とは言い難い。個体ではなく、集団的な知性の塊なのである。知性だけでなく、痛みも共有していた。ある草が踏まれたら、全部の草が痛みを感じるのだ。さらに記憶も共有している。いうなれば個にして全の草という存在が地上を覆い尽くす地球に、君たちは姿を現したのだった。
自らを雑草塊と称する地球の支配者は、君たちに冷酷な命令を下した。
[また地球を汚すつもりだろうが、そうはいかない。地下へ戻れ]
人類という邪悪な存在が地球を汚染させたという悪事の記録が遺伝子に残されているので、その残余である君たちを雑草塊は許そうとしなかった。農薬を撒いて枯らしたり、火炎放射器で焼き尽くしてはどうか? と多く者が考えたが、雑草塊の次のような言葉を聞いて再考を余儀なくされた。
[お前たちが来る前には爬虫人類とかいうトカゲの仲間が侵略してきたけど返り討ちにしてやった。この雑草塊と戦うつもりなら、容赦はしない。だけど地下に戻るなら命は取らない]
選択のボールは君に与えられた。おとなしく地下で眠りに就くも良し。地下へ戻って戦いの準備を整えてから、地上の雑草塊と戦うも良し。好きな方を選ぶがいい。
@寝る
@戦う
{@寝る}
寝る子は育つという。草の天下も永遠ではないだろう。雑草塊が雑草魂を無くした頃を狙って攻撃を仕掛けてみたらどうか?
{@戦う}
君たちは返り討ちに遭り、その死体は朽ち果て雑草塊の栄養となった。どうやら君たちには雑草魂が欠けていたらしい。いや、仮に雑草魂があったとしても、本物の雑草塊を持つ雑草魂に勝てたかどうか、分からない。あれ、逆だ。
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