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 玉麗は正妃という立場をよく理解しないまま、正妃様に憧れ、妾妃(しょうひ)になることを望んだのでしょう。僻地の貧しい村出身の娘にしてみれば、わずかな後ろ盾と美貌だけで後宮という別世界に乗り込んできたのです。野心がなければ、後宮に上がって半年で正妃様の部屋付き女官になどなれるはずがありません。 「それとも、琴を演奏できない理由を作って陛下に申し上げますか。例えば、()(そう)をして文鎮で指の骨を折ってしまったので練習ができなかった、というのはどうでしょうね」 「練習するわ!」  冷酷な最古参の女官の提案に怯えた玉麗は、目を涙で(うる)ませながら答えました。  その後は、昼餉までひたすら琴の練習が続きました。  昼餉の最中は箸の上げ下ろしから腕の持ち方まで、食事の作法をさらに厳しく(しつ)けられました。午後は着替えた後のお茶とお菓子の時間で、正妃様が客人のために茶を淹れ、菓子を振る舞う機会もあるため、これまた作法の(けい)()です。  その後は習字と生け花、古典詩の暗唱と続きます。  日没後に夕餉が運ばれてきましたが、このときも気が休まる暇などありません。  女官たちによる玉麗への厳しい正妃教育は毎日繰り返されました。  正妃となる女性は、一般的に王族の姫君か貴族令嬢から選ばれることがほとんどです。彼女たちは蝶よ花よと育てられつつも、幼い頃から十年ほどの期間をかけてお妃教育を受けてこられます。  玉麗のようににわか仕込みの妃とはわけが違うのです。  女官たちは誰も、玉麗が可哀想だとは思いませんでした。  玉麗も最初こそ泣き言を(こぼ)すことはありましたが、後宮で正妃として君臨するための努力は惜しみませんでした。  女官たちの厳しい訓練に涙することはあっても、逃げだそうとはしません。生まれ故郷に逃げ帰ったところで、襤褸(ぼろ)を身に纏い、ほとんど作物が育たない()せた土地を耕して暮らす日々が待っているだけです。  琴の弦で指の皮が切れようが、姿勢が悪いと言って女官に竹の棒で背中を叩かれようが、後宮では暖かい布団に絹の襦裙、食べきれないほどの料理や菓子が常に目の前に並んでいるのです。
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