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 玉麗の成長はめざましく、ふたつきも経つと彼女が(あか)()けない炊事場の下女だったことなど誰も思い出さないほどの(さい)(えん)になりました。  琴は人並みていどに上達し、歌は国王陛下の前で美声を響かせることができるほどです。すべての所作も生まれながらの王族と見紛うほど、指の先から足の先まで優美な動きができるようになりました。  国王陛下は正妃として振る舞う玉麗をいたくお気に召したようです。  夜ごとに正妃様の部屋に通われるようになり、夜更けの後宮の廊下を照らす(しょく)(だい)の数は倍になり、中庭の(いし)(どう)(ろう)にも毎夜(ろう)(そく)に火が灯されるようになりました。  初雪が降れば雪見の宴、白く積もれば積雪の宴、新年には(けい)(しゅん)の宴が催されました。  国王陛下が朝だけではなく夜も訪ねていらっしゃり、そのままお泊まりになる日が続くようになり、後宮は()(ぜん)活気づきました。  ただひとつ、わたくしが気になったのが、正妃様のお部屋の壁に吊られた掛け軸です。  玉麗が正妃様となって以降も、正妃様の姿が消えた掛け軸はそのまま残されていました。  あるとき玉麗が掛け軸を別の物に取り替えるよう女官に命じましたが、掛け軸は冬になっても、早春を迎えても(しやく)()()が左右に描かれ中央はぽっかりと開いた絵のままでした。 「もう春になるのだから、梅の絵を飾るべきではないかしら」  (ろう)(ばい)が咲き始めた頃、玉麗は不満げに掛け軸を睨んで呟きましたが、やはり女官たちは誰も耳を貸しませんでした。  春になり、後宮の庭では桃の木が薄紅色の花を咲かせました。  国王陛下のご寵愛厚い玉麗は、少しずつ(ふく)らみ始めた腹を嬉しそうに毎日(さす)っていました。体調が悪い日は部屋に籠もって寝台の上で一日中横になっていることもありましたが、容態が安定してくると、国王陛下と一緒に庭を散歩することもしばしばでした。  桃の花が散り始めたある晴れたうららかな午後のこと、玉麗は国王陛下と一緒に庭を歩いておりました。  国王陛下と正妃様の散歩は、いくら後宮内といえどもふたりきりというわけにはまいりません。わたくしたち女官がおふたりの後をぞろぞろと付き従って歩いておりました。
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