5人が本棚に入れています
本棚に追加
後宮の庭は、川や池、小さな滝などがところどころに造られており、途中で休息するための四阿も建てられております。四阿の円形の窓から見る景色がまた美しく、庭師たちが日々手入れをしている松や躑躅の茂み、築山などが楽しめます。
国王陛下は身重の玉麗を案じ、少し歩いては四阿で休憩し、また少し歩いては床几に玉麗を座らせるという過保護ぶりでした。
空は青く澄み、白い雲が風に棚引いて流れておりました。
庭の木のどこかで鶯が可憐な声で鳴き、池では鯉が勢いよく尾びれをばたつかせて水飛沫をあげておりました。
「なんと清々しい日であろう。この景色を眺めておれば、政務の憂いも吹き飛ぶというものだ。のう、正妃よ」
「はい、陛下」
国王陛下に話し掛けられた玉麗は満面の笑みで答えました。この頃には、女官たちが代わりに返事をするということもなくなっていたのです。
「もちろん、そなたの姿があってこそのこの絶景だがな。牡丹よ」
目を細めた国王陛下は、軽く玉麗の肩に手を置いて告げられました。
「いやですわ、陛下。あたくしは玉麗でございます」
日頃「正妃」と呼び掛けられていた玉麗は、ほとんど無意識のうちに答えていました。
一瞬、国王陛下の顔は夢から覚めたばかりのように無表情になり、数拍後にはこの世のものとも思われないほど醜く歪みました。
青空は途端に鉛色の雲で覆われ、春雷が遠くで鳴り響くのが聞こえてきました。
「陛下?」
玉麗は自分の失言に気付かないのか、顔を強張らせた国王陛下を無邪気に見上げます。
「どうなさいましたか」
ようやく陛下の異変に気付いた玉麗は床几から立ち上がり、肩巾を掴んでいた指を陛下の着物の袖に伸ばしかけましたが、荒々しく振り払われました。
国王陛下は無言のまま大きく目を見開いた玉麗に背を向けると、未練を振り切るように素早い足取りで後宮から出ていかれました。
最初のコメントを投稿しよう!