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 しかし、正妃様のご機嫌はいまだに直らず、どんなに国王陛下が(こん)(がん)しても、掛け軸の中からは出ていらっしゃいません。正妃様が掛け軸の中の方となられて数年が経ちますが、陛下の正妃様へのご寵愛は増すばかりです。  正妃様の部屋付き女官のひとりであるわたくしは、毎日掛け軸の中の正妃様のお世話をしております。  朝、日の出前に正妃様のお部屋へ参りますと、夜勤の女官と交代いたします。  まずは正妃様の()(しょう)(びつ)からお日柄に合わせた襦裙を取り出し、帯や()、靴を揃えて並べます。髪に飾る櫛や簪、花も選びます。(こう)()(きゃ)()の香を焚き、部屋の中に(ふく)(いく)たる薫りを漂わせます。  次に下女が運んできた(あさ)()の膳を正妃様の前に並べ、ご機嫌を伺います。掛け軸の正妃様が膳に興味を示されなかったなら、膳は女官たちに下賜されます。わたくしは正妃様のために用意された豪華な朝餉を毎朝いただいております。その際、掛け軸の正妃様の前で、大層美味しそうに食べることが義務づけられております。それを見た正妃様が、お腹を空かせて絵の中から抜け出てこないとも限らないからです。  朝餉が終わる頃、国王陛下のお渡りがあります。朝儀を終えられた国王陛下が、執務室へ戻られる前にお立ち寄りになるのです。  国王陛下は毎朝、珍しい贈り物を(たずさ)えていらっしゃいます。そして、掛け軸の中の正妃様に向かって誠心誠意を込め、いますぐ自分の腕の中へ戻ってきて欲しいと訴えます。もっとも、正妃様は聞いていらっしゃるのか聞いていらっしゃらないのか、お返事はありません。黙って笑みを浮かべていらっしゃるだけです。  国王陛下がお帰りになりますと、お茶とお菓子が運ばれてきます。  わたくしと数人の女官たちはおのおの得意とする楽器を手にし、流行りの曲を演奏し、歌を唄います。絵の中の正妃様が退屈されないよう、楽しく賑やかにするのです。  正午頃、(ひる)()が部屋に運ばれてきます。こちらも正妃様が召し上がらなければ、わたくしたち女官がいただきます。
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