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 食事が済みますと、衣装櫃から午後用の襦裙を選び、正妃様にお勧めします。()(こう)に掛けて飾るのですが、最高級の襦裙をいくら並べても、正妃様のお気持ちをなだめることは難しいようです。  午後になると、またお茶とお菓子が運ばれてきます。異国の珍しい紅茶や黒茶が出ることもあります。お菓子も丁寧に精製された砂糖を可愛らしい花に(かたど)ったもの、(りん)()や桃を甘く煮込んだ物などが並びます。  女官のひとりが正妃様のために、物語を朗読し、花を生け、刺繍をします。  わたくしたちが掛け軸を壁から外して後宮内の庭園の散歩にお連れしている間に、下女たちが部屋の掃除をするのです。  夕刻になって部屋に戻ると、(ゆう)()の前に夜勤の女官と交代します。  夜勤の女官たちは、やはり下賜された夕餉を食べ、正妃様のために夜着を準備し、香炉に新しい香を焚きます。  夜が更けると、国王陛下のお渡りがあります。陛下が正妃様とどのようなお話をなさっているかは存じ上げませんが、万民を統べる陛下といえども、正妃様のお心は自在に動かすことはできずにいるようです。  わたくしも最初は、掛け軸に描かれている()(じん)が正妃様だと教えられた際は、奇妙なものだと思いました。しかし、後宮で三日も働いていると、なんの疑問も抱かなくなりました。掛け軸の中の正妃様にお仕えしていれば、たいそう美味しい食事や菓子を(たまわ)ることができるのです。襦裙や装飾品も女官に分け与えられます。しかも、女主人である正妃様は、常に掛け軸の中で黙って優しい眼差しをわたくしたちに向けてくださるのみなのです。どうして不満を抱くことがありましょうか。  わたくしは、正妃様の部屋付き女官になれたことを、この上なく幸せに感じ、誇りを抱いている次第でございます。
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