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 ある日、正妃様の部屋付き女官に新しい者が加わりました。  (ぎょく)という名で、年の頃は十代半ば。出身は北の(へき)()の貧しい農村だそうです。幼い頃から人並み外れた美貌をしており、その容姿を見込まれて地方の長官が玉に行儀作法を身に付けさせ、女官として後宮に推薦したとの話でした。  確かに玉はとても美しい容貌の娘でございます。  肌は雪のように白く、頬は薔薇色、(あか)い紅を()いた唇は艶やかで、(からす)()()(いろ)の髪は椿油を塗るとまるで絹のように輝いておりました。  女官仲間たちからは親しみを込めて「()(ぎょく)」と呼ばれておりましたが、本人はその呼び方が気に入らないようでした。「(ぎょく)(れい)」と呼ばれることを望んだため、わたくしたちは彼女を玉麗と呼ぶことにいたしました。  玉麗は少々軽はずみな言動が目につく娘でした。  貧しい家の出ということもあり、正妃様の持ち物が下賜されるたび、歓声を上げ、古参の女官たちを差し置いて真っ先に自分が欲しい物に手を伸ばしては叱られていました。きらびやかな後宮での暮らしに目が(くら)んでいるようにも見えました。  玉麗のように寒村出身の女官も後宮にはおりますが、そのほとんどは下賜された物を売って現金に()え、実家の仕送りにしていたものです。  ところが玉麗は、家族のことなどきれいさっぱり忘れたような顔で、自分のための白粉(おしろい)や紅を買い集め、絹の反物や髪飾りを行商人から次々と購入していました。親はいないのか、と尋ねてみましたが「あたしを長官様に売った金で前よりはましな暮らしをしていることでしょう」と冷ややかな返事があっただけでした。  正妃様の部屋付き女官になる前の玉麗は、(すい)()()の下女でした。後宮に上がって半年間は毎日朝から晩まで、後宮で暮らす王族や官吏たちの食器を洗う重労働に従事しておりました。玉麗の地元の長官は中央では大した人脈がなく、玉麗を後宮に下女として送り込むだけで精一杯だったようです。それが女官に(ばっ)(てき)されたのは、人並み外れた美貌がようやく女官長の目に留まったからです。玉麗が炊事場の仕事のつらさに後宮の片隅で泣いていたところ、女官長が偶然通りがかったのだとか。
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