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 自分の身分では、どう頑張っても妾妃にしかなれないことはわかっていたからです。  しかし、国王陛下は二度と妾妃は置かないことを正妃様に誓われています。たとえ天変地異が起きようとも、正妃様との誓いだけは破るわけにはいかないのです。  とはいえ、国王陛下も玉麗の美貌から目を逸らすことはできずにいました。  毎朝正妃様の居室を訪問されるたび、並んで出迎える女官たちの中でも群を抜いて美しく着飾った玉麗の姿に視線を向けていらっしゃいました。  ある朝、わたくしが普段と同じく日の出前に正妃様の部屋へ参りますと、少々様子が異なっておりました。  まず、壁の掛け軸がいつもと違いました。  掛け軸の中から正妃様の姿がぽっかりと消え、両側に描かれた(しゃく)()()の花だけがひっそりと咲いていました。  わたくしは呆然と掛け軸を凝視しました。  室内には夜勤明けの女官が、ひっそりと椅子に座っていました。彼女は掛け軸の絵が変わっていることなど気付かないような表情で、入ってきたわたくしに視線を向けると、いつも通り軽く目礼をしてきました。  おはようございます、とわたくしが口を開き掛けると、夜勤の女官はそっと自分の唇に指を当て、静かにするようにと目で訴えてきました。それから、椅子から立ち上がると、わたくしのそばへと歩み寄り、そっと耳元で囁いたのです。 「正妃様はまだお休み中です」  わたくしが唇を引き結んでまじまじと夜勤の女官を見つめ返すと、彼女は()(すい)の衝立の奥にある寝室に視線を向けました。 「朝餉が運ばれてきましたら、正妃様を起こしてくださいませ」  そう告げられれば、わたくしは黙って頷くしかありません。  夜勤の女官が足音も立てず部屋から出て行くと、わたくしはひとり部屋に取り残されました。他の部屋付きの女官たちは、朝餉を運ぶ下女たちと一緒にやってくるのです。  お恥ずかしい話ですが、わたくしはまだ掛け軸の中の正妃様としか対面したことがありませんでした。  寝台でお休み中の正妃様に、どのように声を掛けて起こせば良いのかわかりません。  正妃様の部屋付き女官になって一番緊張した朝でした。
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