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まずは香炉に新しい香を焚き、衣装櫃から午前中正妃様がお召しになる襦裙を取り出しました。櫛、簪、首飾り、耳飾りなどを化粧台の上に並べ、鏡を拭きます。できるだけ音を立てないようにしなければ、と気が張っていたせいか、襦裙が手から滑り落ちてしまったり、簪を床に落としかけてしまったりと、いつもはしない失敗ばかりを重ねてしまったほどです。
やがて東の空が白んでくると、日勤の女官たちが朝餉を運ぶ下女たちを従えて現れました。
古参の女官はわたくしの顔を見ると、平静を保ったまま告げました。
「正妃様の朝餉をお持ちいたしました。正妃様はお目覚めでしょうか」
様子を見て参ります、とわたくしは決まり切った返事をしました。
普段は掛け軸に目を向けるだけで良いのですが、今朝は寝室へと向かいました。
「正妃様、おはようございます。朝でございます」
天蓋の幕を開けて薄暗い寝台の中を覗き込むと、絹の布団にくるまったひとりの女性が眠っていました。
「朝餉の準備が整いました。お起きくださいませ」
わたくしが枕元へ向かってそっと声を掛けると、横たわっていた女性は身じろぎしました。
「まだ、眠いわ……」
ぼんやりとした声が微かに響きました。
どこかで聞いた声でしたが、すぐには誰だかわかりませんでした。
「国王陛下がいらっしゃる前に、お支度を調える必要がございます。お起きくださいませ」
少しだけ声を強めて呼び掛けると、寝台の上の女性はむくりと上半身を起こしました。
長い黒髪は寝乱れ、寝惚け眼を手で擦るその姿は少々幼さが残っていましたが、美しい女性でした。
けれど、掛け軸の正妃様とはあまり似たところがありません。
「もう、朝?」
気怠げな口調で呟くその女性を凝視したわたくしは、それが誰であるかようやく知ることができました。
「ぎょ……」
玉麗、と名を呼び掛けたところで、古参の女官が寝室へ入ってきました。
「おはようございます、正妃様。そろそろお支度と朝餉を」
慇懃な口調ながら有無を言わせぬ気配を漂わせて、古参の女官は玉麗に告げたのです。
そしてわたくしは知りました。
掛け軸の中から正妃様の姿が消えた理由を。
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