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普段であればこの後、お茶とお菓子が運ばれてくるのですが、今日は違いました。
まず、部屋の隅に置かれていた琴が玉麗の前に置かれました。
「さぁ、正妃様。琴の練習をいたしましょう」
最古参の女官が告げると、玉麗は顔を顰めました。
彼女は着飾ることは得意ですが、音楽の素養はほとんどなく、琴を爪弾いても耳障りな音しか出すことができないのです。
「陛下は正妃様と管弦の宴を催すことをご希望です。初雪が降れば、雪見の宴を催されることでしょう。紅葉の宴には間に合わずとも、雪見の宴には、一曲くらいご披露できるようになっておかなければ」
「あたし、こういうの苦手なの」
不満げな表情を浮かべて玉麗は琴から視線をそらしましたが、最古参の女官は厳しい顔で玉麗の両頬を手で押さえると、琴に顔を向けさせました。
「才能のあるなしではありません。どんなに下手であっても、指の皮がすり切れるほど練習すれば、それなりに弾けるようになります」
容赦ない女官の返答に玉麗は醜く顔を歪めました。そして、助けを求めるように他の女官たちに目を向けましたが、皆黙ってふたりのやりとりを見守っているのみです。
わたくしももちろん、口を挟むことはしませんでした。
正妃になるということは、その地位に相応しい教養を身に付けなければなりません。ただ美しく着飾っていれば良いというものではないのです。
女官たちが常日頃から正妃様にお聴かせするという名目で楽器を演奏するのも、お茶を淹れたり花を生けたりするのも、行儀作法と教養を得るための一環なのです。わたくしたちは正妃様の部屋付き女官の名に恥じない素養を持っていなければならないのです。
もちろん、正妃様も国王陛下の第一夫人の名にふさわしい貴婦人でなければなりません。諸外国の賓客をもてなす宴で、正妃様自らが楽器を演奏したり、歌を唄ったり、舞ってみせたりすることもあります。陛下のお隣で人形のように微笑んでいれば良いものではありません。
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