最終話:それでも生きていく

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最終話:それでも生きていく

「仕方ない。現代の最強ツールを使おう。高いところから落ちて、壊れていなければいいけど……」  懐からスマートフォンを取り出す。液晶画面はヒビ割れているが、これは元からだ。  起動を確認する。機能には問題なさそうだ。 「よしよし、ちゃんと動いている」 「こんな廃墟の地下で使えますの?」 「ここは東京のど真ん中だぜ。至る所にアンテナが立っている。どこかには繋がるさ」  救急に電話が繋がったので、救助要請する。やがて、緊急車両がサイレンを鳴らしてザクロ邸に押し寄せてきた。  ヨシタカは、地下室から無事に救出された。  他人の家に勝手に入って寝泊まりし、一部分を損壊したことで警察にこってり叱られたが、80年間見つけられなかった鳳城京子の首を発見した手柄もあって、無罪放免となった。 ◇  ヨシタカは、蓬莱真琴のお見舞いに行った。病室のベッドで寝ていた真琴は、ヨシタカが顔を見せると起き上がった。 「無理しないで寝ていなよ」 「もう大丈夫」  真琴は、ヨシタカが助けてくれたことを知っていた。 「助けに来てくれてありがとう」 「どういたしまして」 「私があそこにいるって、どうして分かったの?」  それは、説明が難しい。 「えーと、たまたま、近くまでデリバリーに行って、君が男とマンションに入っていくのを見かけて、なんとなく嫌な予感がして、思い切って訪ねてみた。何にもなければそのまま帰るつもりだったけど、男が異様に興奮していて、こいつは危ないなと感じて警察に通報した」  半分は作り話で、半分は事実である。 「そうだったの。私の心配をしてくれたのね」  とても感謝された。 「今度のことで男の人が怖くなっちゃった。もう懲り懲り」 「次からは、俺に聞いてくれていいから」 「聞くって、何を?」 「安心できる人か、そうでないか、それ位は、俺でも判断できる」  真琴のためなら、何でも協力したかった。  ザクロ邸を出ることになったヨシタカは、社長の保証で小さなアパートを借りて生活を立て直した。  高校卒業まで新聞配達を続けたが、大学生になると新宿に引っ越して、近くのカフェバーで働き出した。30代のマスターが一人。ヨシタカは、給仕担当。客は一晩で数人しかこない。とても暇な店だった。  そこでマスターの許可を得て、ドリンク一杯注文で霊視占い無料のサービスを始めた。バーカウンターの片隅で一人10分ずつ。よく当たると評判になり、客が大挙して押し寄せてきて大繁盛した。  冷やかしから真剣な相談まで様々。若い女性ばかりでなく、意外にも男性客も多かった。 「二人の女性の間で揺れていますね」 「そうなんです! 決め手に欠けるというか、どっちとお付き合いすればよいのか、ずっと迷っています」 「どちらもやめた方がいいですね。相性が悪い」 「やっぱりそうですか。うん、別れます」  アドバイスを素直に受け入れる人もいれば、反発する人もいる。 「はい、次の人」 「最近、彼氏が怪しくて」 「あなたの友人の中に裏切り者がいて、彼氏を狙っています。彼氏はそれに困っていますが、あなたに打ち明けられなくて、それが挙動不審になっています」 「そんなことまで分かるんですか⁉」 「はい」 「それが誰か教えてください」 「いつもニット帽を被っていて、カーディガンを着ている人です」  思い当る人がいたが認めたくないようで、「そんなバカな」と、首を捻って帰っていった。 「私のプライバシーがネットに書き込まれていて、悩んでいます」 「最近恋人が出来ましたね」 「そうですけど。え、本当に当たるんだ。今日相談したいのは、そのことではなくて」 「そのことが気に入らなくて、書き込んでいます」 「ストーカーですか?」 「いえ。犯人は友人の一人です」 「まさか! 友人たちは祝福してくれました!」 「それは表向きの顔。本音は真逆です」 「本当に?」 「そうです。あなたにストーカーはいません」 「ウソ……」  言葉を失い、青ざめて帰っていった。  占い結果は、いい事ばかりじゃない。悩みが解決するならと正直に伝えている。  後日、再び店に現れて、占いのお陰で解決しましたと、感謝を伝えてくる客もいる。それは励みになっている。  終わるとクタクタだが、売り上げが確実に増えていて、マスターに当てにされているのが分かるから、今更辞められない。  マスターが占いの順番を待っていた女性客に声を掛けた。 「閉店時間です。お会計をお願い致します」 「えー! 占って欲しかったのに! いやよ! まだ帰らない! 私を占って!」  客がヨシタカに激しく詰め寄った。困っていると、マスターが客とヨシタカの間に笑顔で割って入った。 「お客様、またのお越しをお待ちしております」  これ以上我儘を言うのは良くないと、酔っぱらった頭でも理解できた客は、渋々引き下がる。 「占いの予約は出来るの?」 「予約は受けておりません。ありがとうございました」 「そんなあ」  客は、諦めきれずにぶつぶつ言いながら出ていった。  マスターは、時としてマネージャーのようにヨシタカを助けてくれる。  最後の客を送り出すと、看板の灯りを消した。 「お疲れ様です」 「明日もよろしく」 「はい。よろしくお願いします」  深夜の新宿。酔っ払いたちの嬌声が至る場所から聴こえてくる。大声で騒ぐ者、道端に吐く者、カラーコーンをふざけて振り回すもの。エネルギーを持て余し、連日連夜、乱痴気騒ぎが路上で繰り広げられている。  バチン! と叩く音がしたので振り向くと、ホストに叩かれている憐れな女がいた。どちらにも低級霊が憑いている。  風紀が乱れた場所には、下等霊や低級な浮遊霊が集まりやすい。夜の新宿は、生きている者と同じだけ死んだ者が存在していて、下手な心霊スポットより賑わっている。 「お兄さん、私と遊ばない?」  甘い言葉で誘ってくる女がいた。彼女は亡者で、全身血塗れだ。  寂しくて、憑りつく相手を常に探して彷徨っているのだろう。可哀そうだが、同情すると憑りつかれる。反応しないことが一番だ。 「視えてんだろ! すかしてんじゃねえよ! キイィィィィー」  無視された亡者の金切り声が、夜のしじまにこだました。  こんな街ではあるが、身寄りのないヨシタカにとっては、孤独を忘れさせてくれる大好きな街である。自分の霊能力が活用出来ることも嬉しかった。この街は、ようやく手に入れた自分の居場所となった。                                 了
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