出会い

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出会い

 都内某所の急な坂道を、木佛(しきみ)ヨシタカは必死にレンタサイクルのペダルを漕いで上っていた。  左手側には有名高級ホテルの広大な敷地が広がっていて、塀越しでも自然を生かした緑の庭を眺めることが出来る。  右手側には、手入れのされていない巨木の森が広がっている。 「本当にここらへん?」  息が上がったヨシタカは、一旦ペダルを漕ぐのを止めた。自転車に取り付けているスマホに目を落とす。そこには、配達先を示すピンが、確かに右手側の森の中に立っている。  左のホテルではない。右の森だ。  たまにホテルから注文が入ることがある。近くにくれば、そちらを示すものだと勝手に思っていたが、そうではないようだ。  赤いピンは、いつまで経ってもホテルを示さず、何があるのか不明の謎の場所にあった。  仕方なく、ピン位置を信じてペダルに再び足を掛ける。彼は、フードデリバリー。背中のバッグには、先ほど飲食店から受け取った出来立ての料理が入っている。温かいうちに配達しなければならない。  坂の中腹に、一部が破損したさびれた鉄製の門が見えた。その前で停車する。鍵が壊れているので開けて入ることはできるが、ここでもまた一旦躊躇する。  誰も近くにいなくても不審者に思われないよう、「こんにちはー、アーバンイーツでーす!」と元気よく声を出した。  誰も出てこない。配達アプリでは、置き配になっているが、どうみても門の外に置くのは不自然だ。頼りない紙袋からは、臭いも熱も駄々洩れ。外に置けば、すぐに野生生物に食い散らかされる。大都会でも、この辺りは、野良猫、ドブネズミ、タヌキ、ムジナ、ハクビシンがいる。注文主の手に渡る前に被害に遭えば、苦情がくる。配達一回の報酬はわずかスリーコイン。それなのに、料理の代金は2000円。貧乏高校生の自分に弁償を求められでもしたら、とんでもないない痛手となる。当分食事はモヤシのみ。そんな心配が頭をよぎる。どうしても建物玄関前に置きたい。しかし、この先に人が住んでいるのかさえ怪しい。  入るのをまだ躊躇っていると、「ピロリン」とスマホが鳴った。催促がきた。しかも、玄関前に置き配と同時に、呼び鈴を押すように追加されている。 「入りますよー」  覚悟を決めて、レンタサイクルをそこに置き、デリバリーバッグを担いで門扉をくぐる。 「どこに向かえばいいんだ?」  よく見ると、半分土に埋もれた敷石が蛇行しながら森の奥へと進んでいる。  それは良いのだが、時間はすでに夜の11時。空には青い満月が浮かんでいるが、流れる雲が多くてそれほど明るくない。  坂道には街灯があるので暗いと感じなかったが、一歩入ればそこは闇が広がっている。  スマホの心もとないフラッシュライトで足元を照らしながらゆっくり進む。  都会の喧騒が届かない、自然豊かな庭。この大都会に、まだこのようなゆとりある広大な敷地があることに驚く。相当なお金持ちなのだろう。  頼れる身内もなく、ごみごみした住宅地の狭い木賃アパートに一人で暮らす自分には縁のない家だ。  100歩ほどで古い洋館が現れた。 「おおー、立派な……、ボロボロ……」  最初は感嘆したが、よく見るとまるで廃墟。とても人が住んでいるように思えない。 「本当にここ?」  先ほどから何度も自問自答しているが、一向に答えが出てこない。  たまに、ピンがとんでもない場所を示すこともある。念のために、登録されている注文主の電話番号に掛けてみる。しかし、つながらない。 「仕方ない。呼び鈴を押せば反応があるかもしれない。それを見てから判断だ」  玄関前も暗い。建物内に明かりは見えない。絶対に違うだろうと思ったので、先に呼び鈴を押す。建物の中で鳴っているのかどうかも分からない。 「やっぱりマップのピンずれだったな」  時間の無駄と知ってガックリする。配達先不明と本部に問い合わせしようとスマホをいじっていると、ギィーと、重たい音がして玄関ドアがゆっくりと開いた。 「お、いた?」  暗闇にワンピースの白い体が半分浮かび上がった。背が低い。子供だ。胸元の切り替えしが幼さを印象付ける。肩から胸元に広がるフリル。胸元から伸びるスカートには、赤いバラの刺繍が上品に散りばめられている。いかにもお金持ちのお嬢様が着ていそうな衣装。  こんな廃墟に人が住んでいることに驚き、しかも年端もいかない少女だったことにも驚く。いや、廃墟だと思っていたのは自分だけで、明るい昼間に見ればクラシックな豪邸なのだ。失礼なことを思ったと反省した。 「そうだ! 渡さなきゃ!」  驚いている場合ではない。相手が子供であっても客は客。商品を渡さなきゃならない。  慌ててバッグを肩から下ろし、商品を取り出す。 「アーバンイーツです! ご注文の品をお届けに着ました!」  明るい声で少女に紙袋を渡そうとした次の瞬間、全身を見たヨシタカは、「ギャアアア!」と叫んで商品を落とした。紙袋が破れて、中の料理が汁とともに飛び出す。  少女には、首から上がなかった。  暗闇に、白いワンピースとそこから伸びる白いハイソックス、赤い靴を履いた足だけが浮かび上がる。 「ニャー」  少女の足元に黒猫が一匹いた。その黒猫には、目が四つ、耳が四つもあった。それにも驚いた。 「ウワアアア!」  落とした商品もそのままに、デリバリーバッグだけ何とか掴んでその場から逃げ出した。  鉄門から飛び出してレンタサイクルに飛び乗ると、坂道を駆け下りてそのまま家まで逃げ帰った。
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